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        蝦夷とアイヌ          

1 :出土地不明:04/02/12 13:45 ID:vzJKnymu
時々蝦夷とアイヌが同じ民族だと言われるけど実際どうだったの?

2 :出土地不明:04/02/12 15:06 ID:wtIp+nEK
3?


3 : ◆juVbb8VyCw :04/02/12 21:59 ID:J8fprid+
縄文人はアイヌなんだよ!

4 :出土地不明:04/02/13 00:37 ID:Uu5WZBgo
>>3
意味不明


5 :出土地不明:04/02/13 18:33 ID:zlnAWq8y
社会の教科書に蝦夷は縄文時代からずっと同じ生活をしていたと書いてある。

6 :出土地不明:04/02/14 02:09 ID:3hokWmi2
>>5
東北地方の和人も明治時代までは似たようなもんだった。

7 :出土地不明:04/02/14 17:07 ID:ri9N+iun
えっ和人ってなに?

8 : ◆juVbb8VyCw :04/02/14 18:13 ID:NpYw93uj
ひょっとして7さん4と同じ人?
次元、時限、字源、示現、痔源???

9 :1:04/02/14 21:01 ID:4mdPlTK0
もうレスをすることに疲れました。
これ以上自分がレスをつける意味というか目的がわかりません。
正直言ってROMしてたほうが楽です。でもいつでも出来ることなので
今は一生懸命レスしようと考えていました。今日までは。
しかし誰からもろくなレスをつけられず、自分が誰にも
必要とされてないことが、わかったとたん前向きに考えることが
出来なくなりました。
もう自分という醜くてどこにいるのかわからないような存在を
2chから消すことだけが最後のレスをつける目的かもしれません。
そしてこの「書き込む」ボタンをクリックすることによりその目的が
遂行されるわけです。
さようなら。これからはROMに徹します。


10 : ◆juVbb8VyCw :04/02/14 21:58 ID:NpYw93uj
旧石器時代なのか?樺太ルートから与那国とアラスカから南米まで。モンゴロイドが移動した過程
で、土器はいつ頃からどこで作られたのか、考えさせらるテーマーとして面白いのではないだろうか?

11 :出土地不明:04/02/15 03:16 ID:fv5d4lSK
俺は、蝦夷=アイヌだったと思うよ。これを主張すると必死になって
否定しにかかる学者とか>>6みたいなことを言う変なヤツが続出する
んだけどね。また、アイヌ人を民族とだけみなし、近代の「民族」の
定義を持ち出し、所属意識が存在しない限りアイヌ人は存在しないな
んて言うヤツもいるな。

やはり、北東北に異様に多いアイヌ語由来地名と、マタギが使った
言葉がアイヌ語だってのが、証拠としてかなり大きいと思う。マタギ
は単なる職業集団で、その集団に入るのも出るのも自由。戦後は在日
朝鮮人のマタギもいた。アイヌ人の生活様式が職業集団のマタギとし
て残ったのだろう。

12 :出土地不明:04/02/15 03:24 ID:fv5d4lSK
アイヌ人はモンゴル(正確にはギリヤークだろうけど)には「クイ」
と呼ばれ、ロシアには「クリル」と呼ばれた。

「蝦夷」を日本人は「えみし」や「えびす」と読むが、それは「毛人」
から転じたもので、「蝦夷」を「カゥイ」と読んだなら…


13 :出土地不明:04/02/15 03:30 ID:fv5d4lSK
また、中国の文献には、蝦夷の風俗習慣と、クイの風俗習慣がほとん
ど同じように描かれているのが興味深い。そんな広範囲な交流は当時
考えられないと言う学者もいるが、多賀城碑には、きちんと黒水靺鞨
までの距離が書かれているではないか。当時、靺鞨(ギリヤーク)は
オホーツク沿岸から奥尻島・留萌・天売島まで進出していて(オホー
ツク文化)、アイヌ人との衝突もかなりあったらしい。

14 :出土地不明:04/02/15 08:40 ID:Wc0+HtDc
靺鞨っぽい北海道人を見たことがある。

15 : ◆juVbb8VyCw :04/02/15 16:08 ID:ukVR3WDQ
北東北にアイヌ語の地名が多いという本があったらご紹介下さい。
鹿児島県の主立った町の地名をことごとくアイヌ語として出版した
人がいた。東大にまだ医学部のないころの人で当時の医専を卒業した人。
アイヌ語を勉強している人に分析して貰えば良いと思っている。


16 :出土地不明:04/02/15 18:39 ID:SkqYjzCZ
>>9
偽者師ね。

>>8
違うぴょん。

17 :出土地不明:04/02/16 20:21 ID:tLGKZJ3I
>>15
アイヌ語語源の地名で主なものを挙げてみよう。ちなみにアイヌ語は日本語と違い、子音で終わる発音
が多い事に注意。書物になっているのは、「アイヌ語地名の研究」1982、「東北アイヌ語地名の研究」
1993草風館山田秀三氏の著作があるが、2万5千分の1の地形図をながめていると、この本の分布図
よりもはるかに多くのアイヌ語由来が考えられる地名が
あることに気づかされる。2万5千分の1の地形図は国土地理院のサイトから見ることができる。

pet : 登別(nupuru濁った-pet大きな川),壮瞥(so滝-pet大きな川), 茂辺地(mo静かな-pet大きな川)
など大きな川の意味で使われる。「別、辺、部、米、淵、壁、首」などの漢字が当てられている。
今別、宇樽別、仁別、袰別など東北北部での使用例が多い。
pe: 〜するの意味で使う。達曾別(tatカバの木の皮-sos剥ぐ-peする)など。乙部、内真部。
nay: 稚内(wakka水-nay小さな川) 沢や小さな川の意味で使う。生保内、釈迦内、毛馬内、似内など東北北部
    での使用例が極めて多い。「内」の漢字が当てられる。
o-nay:長内(o尻-sat乾いた-nay川)などは川尻の地形に使われている。奥内は岩手・青森とも川尻にある。
usi :沢山あるという意味で使われる。漢字は「牛、石、臼、伏、節」が当てられることが多い。
    猿石(sar芦原-usi多い)野牛,牛滝など。
oma :馬子舞(mak奥の-omaにある-iところ) 見前、尻前、軽米
poro :袰月(poro大きな-tuki杯)地形が食器の形をしている。保呂内(poro大きな-nay沢) 保呂羽山など。
tannne:谷内(tannne長い-nay沢) 種差(tannne長い-esasi岬)
ane :姉沼(ane細い-沼)
mena :目名(mena)、目屋 上流にある細い枝川
nitat :似内(nitat湿地-nay沢) 仁田沼(nitat湿地の-沼)
ray :来内(ray死んでいる-nay沢) 水が停留して流れていない沢
toy :食用土の事をさす。地名としては、豊間内、豊間根、登米、豊間など。
tapkop,takko:たんこぶ山。平野の中にある独立峰。田子、達子森、立子森などは皆そのような地形。
ut :枝分かれした川。宇内、打内など。
shri :山や断崖の意味で使われる。尻矢、尻屋崎、尻労
pi :比内(pi石の-nay沢)差比内(sat乾いた-pi石の-nay沢)
tay :森がある台地を指し「岱、平、体、帯」の漢字を当てる。このような地形は無数にある。


18 : ◆juVbb8VyCw :04/02/16 21:04 ID:9RuFPP9c
すごい!

19 :7colors:04/02/17 00:02 ID:ti1cMgp8
ふーん。勉強になるなあ。
北海道にバイクで行った時に、アイヌの人に会ったなあ・・・

20 :出土地不明:04/02/17 20:22 ID:8Dm4wIsc
山田氏は1945年退職してから、92才で死ぬまでアイヌ語地名の研究に
後半生を捧げた人。アイヌ語地名はチェンバレン氏の恣意的な発言が
あってか、学会は無視する傾向にあった。というか俺からすれば、意
図的に最近まで無視していたと思う。

地元の人でも蝦夷とアイヌを結びつける事を考える事すら嫌…みたい
な文書を書いているのだから。戦前の皇国史観が影響しているのだろ
うなぁ。
「縄文人=アイヌ人」説を打破した清野氏も調べてみると、結構な人
だしねぇ。

21 :出土地不明:04/02/17 22:19 ID:LgpOGvbq
「驚異の小宇宙・人体V・遺伝子」(NHK1999年放送)で
DNAを調べた結果、アイヌと蝦夷は日本列島に到達した時点で
既に別々の集団だったと断定してました。
(日本列島に到達後に枝分かれしたのでは無い、と断定してました。)

22 :出土地不明:04/02/17 23:57 ID:8Dm4wIsc
>>21
どっかにソースある?蝦夷のDNAってどこから入手したんだ(w

23 :“俳苦?”:04/02/19 20:19 ID:WWZV+RN5
21>蝦夷のDNA誰からとったの?今、蝦夷の子孫て居るの?(とんちんかんの質問だったらゴメンなさい)

24 :出土地不明:04/02/26 09:55 ID:ZrO8qEJj
蝦夷って西の方に強制移住させられたから、
九州か中国地方辺りに血の濃い人が多いんじゃない?

25 :出土地不明:04/02/26 17:25 ID:KDCIzx1s
>縄文人はアイヌなんだよ!

縄文人とアイヌは別といっているが
血統としてはたぶん同じだろ。

時とともに文化が変質することは良くあるが
人種が変質するのは殺戮や混血以外にはありえない。

少なくとも人類が歴史を記したわずか数千年の
間に人類が生物学的に進化したとは到底思えない。




26 :出土地不明:04/02/26 17:29 ID:KDCIzx1s
甲斐の国とかアイヌ語っぽくないか。

それに江戸とか会津とかもアイヌ語っぽい。
伊豆とかも。

東日本の地名って北海道と同じでほとんど当て字
実際意味が分からない地名が多すぎる。
ただその独特の響きがどうも和人の言葉とは
違う気がする。



27 :出土地不明:04/02/26 17:31 ID:KDCIzx1s
>(日本列島に到達後に枝分かれしたのでは無い、と断定してました。)
NHKやテレビ局が信用できるの?wwww

28 :KAY:04/02/26 18:50 ID:ZgDfJfxy
気になっていたんだわ。>>26
甲斐から富士山を見て山の上にさらに山が負ぶさった感じに
見えないかということです。

29 :出土地不明:04/02/26 19:10 ID:2BSyIv9j
日本史板にアップしたのだが、こちらにもアップしておく。
「縄文人=アイヌ人」論を初めて打破した清野謙二という学者の
コトを調べた文書だが…彼は結構とんでもない人物だ。
京大大学教授を窃盗で首になるは、大東亜共栄圏に学者の立場から
参画するは、731部隊には自ら積極的にかかわるは…。

彼は「元々ここにはアイヌ人がいた」あるいは「日本人がアイヌ人を
追いやった」という考えがとにかくいやで、それを打破したかったん
だろうな。成否はともかく…

30 :出土地不明:04/02/26 19:11 ID:2BSyIv9j
20世紀初頭、日本旧石器時代人の論争は小金井良精のアイヌ説にまとまりつつ
あった。そこへ、突如1926年医学者の清野謙次は「津雲石器時代人はアイヌ人
なりや」という論説を発表する。
清野謙次は、1919年から翌年にかけて岡山県津雲遺跡で発掘・収集された縄文
人骨46体をはじめ、収集した日本各地の古人骨を使って、モリソン・マルチン
氏変差図やポニアトウスキー氏型差公式(いずれも人間の骨格の各部分の大き
さから人種を特定しようとするもの)をあてはめ、現代日本人とアイヌ人・津
雲人の人骨の形質の差を測定する。その結果、「日本人とアイヌ人は、アイヌ
人と津雲人よりもずっと似ている。つまり、津雲人は現代の両人種よりもずっ
と異なっている」という結果を発表する。その理由として「現代アイヌ人も現
代日本人も元々日本原人なるものがあり、それが進化して、南北における隣接
人種との混血によって成ったものだ」と言うのだ。


31 :出土地不明:04/02/26 19:12 ID:2BSyIv9j
彼の説は学者らに歓迎される。「説は一々の科学的考察の元に到達され
たもので、少しの予断も許さない以上、当然の帰結である。清野博士の
獲得されたものは学説ではなく事実である」とまで東大人類学教室の中
谷内宇二郎は極言した。実際、清野の説は多くの研究者に歓迎された。
それは彼らがその後、考古学資料を根拠とする人種に関する論議を「し
なくなった」ことに現れている。また、その時すでに70代の小金井は
「北方において、いかなる種族と混血して、現今のごときアイヌができ
たのか、全く不明」であるとの批判を持っていたが、それを公にするこ
ともなかった。


32 :出土地不明:04/02/26 19:13 ID:2BSyIv9j
ここで、清野の生い立ちを見てみよう。彼は、1885年岡山県立医学校長
兼病院長・清野勇の長男として生まれる。京都帝国大学医学大学を卒業
後、ドイツに留学し生体染色を研究し、京都大学に帰りその分野での世
界的第一人者となる。また、幼少の頃から考古学を趣味にしていた彼は
、仕事のかたわら古人骨などの収集に情熱を傾ける。
ところが、1938年自分の研究総括をドイツ語論文として発行し評価を得
た直後、「誠に奇妙なる精神状態」のうえに収集癖がこうじて、教典・
古文書窃盗事件を起こしてしまう。それが発覚し、彼は在籍する京都大
学を辞職させられてしまう。
1941年上京した彼は、太平洋協会の嘱託となり、大東亜共栄圏建設に人
類学者として参加する。また、満州731部隊の病理解剖の最高顧問を務
める。


33 :出土地不明:04/02/26 19:14 ID:2BSyIv9j
満州事変事後、清野の言論は次第に変化していく。1938年の学位論文に
は「この意味において日本島は人類生息以来日本人の故郷である…断じ
てアイヌの母地を占領して居住したものではない」「我らの先祖は気宇
広大でよく他人種をいれて自己の種族に同化したのであった」などの扇
情的な文章が織り込まれている。同じ時期に自分自身は盗みをしながら
このような広大な事を発言するのだ。また、大阪で発見されたわずか2
体の長身人骨(160cm台後半)を日本書紀や古事記の記述にある、神武東
征における長髄彦(ながすねひこ)と結びつけて考え、その考証に3ペー
ジを費やし、自らの論文の支柱とした。「日本石器時代人」説構築の際
には、そのような行為はアイヌ伝承や記紀を利用するなど他の人はやっ
ているが、自らは非科学的であるとして批判し採用しなかったのにであ
る。このようなダブルスタンダードをやって恥じないのは、それが彼の
「信念」に基づいているからだろう。

34 :出土地不明:04/02/26 19:15 ID:2BSyIv9j
清野は太平洋協会では大東亜共栄圏建設における国民のイデオロギー的
統一を積極的に企てた。また731部隊に対しては人材確保・指導などに
「異常なまでにてこ入れした」(石井四郎発言)戦後彼はアメリカとの
密約に基づき戦犯追及を逃れ、依然として医学と考古学の分野で影響力
を残していく。

35 :出土地不明:04/02/27 04:54 ID:AMA00O3r
アイヌと琉球人の遺伝子は同系統だということは証明されている。
しかも驚くべきことに、それはアメリカインディアンそして東洋系ユダヤ人と同系統なのだ。
実際、純粋種がほとんどいなくなった現在でも見た目でかなりわかるぐらいだから、大陸系モンゴロイドと別系統なのは明らか。
おそらく縄文人は九州から関東にかけて生息していたと思われる。
それから大陸文化を吸収した弥生文化が生まれ、半島経由でやってきた北方騎馬民族によって大和朝廷がつくられた。
アイヌ文化は縄文文化をから派生したもので、関東平野で誕生し北に移動していく中で発展していったものと思われる。

36 :出土地不明:04/02/27 10:32 ID:Uyg1zvfU
アイヌと琉球人は遺伝子は近いが、形質が大きく異なる。

アイヌは長頭で、琉球人は短頭(港川人は長頭)
アイヌと琉球人の中間に弥生人が位置する。

37 :出土地不明:04/02/27 10:52 ID:QaxHgnLv
>>36
世界的に短頭・長頭の形質って変化しているように思えるのですが…
結局食べ物の変化とかで結構形質が変わるんじゃないの?子供の
ころの育て方で頭蓋骨が結構変化するように

38 :出土地不明:04/02/27 11:05 ID:Uyg1zvfU
>>37
確かに時間的な変化もあるが、にしても南九州・南西諸島だけ
縄文人骨と(古モンゴロイド系の)弥生人骨の違いが大きいんだよな。
西北九州とか東北など、縄文系の強いエリアの大部分は
さほど変わっていないにも関わらずだ。


39 :出土地不明:04/02/27 13:04 ID:idWaRLK1
表現型で「ここが違う」とか言っても意味無いような気がする。
食べ物とか生活様式にかなり左右される獲得形質を比較してもなぁ・・・
遺伝子型で議論しないと駄目なんじゃないの?
古人骨からDNAを抽出するのは難しいから仕方がないのかもしれんが。


40 :出土地不明:04/02/28 22:03 ID:Qnl/RwWQ
遺伝子は幾らでも解釈ができてしまうし、捏造も幾らでもできる。
形質以上の材料にはなれないし、ならない。

41 :出土地不明:04/02/29 00:47 ID:8cJc4oWr
民俗学もな。

42 :出土地不明:04/02/29 00:57 ID:ikLHZAPF
>>40
まあそうなんだけどね。
ただ骨の形ってかなり後天的な要素が絡むじゃない。
それを一生懸命比較しても意味あるのかな?と思うわけさ。
形質人類学の人からは怒られるかもしれんがね。

43 :出土地不明:04/02/29 09:47 ID:rmaINVMG
形質にやたらこだわっているのって、731部隊の清野と同類?

44 :出土地不明:04/02/29 17:15 ID:NB4USpmh
昔はDNA分析とか無かったから、形質の差異でやるしかなかっただけ。
形質はもう補助的な意味しかないでしょ

45 :出土地不明:04/03/02 22:40 ID:SjKHNM9h
形質は生活環境などで変わるからね

46 :出土地不明:04/03/03 18:40 ID:OZdy0lmD
>>29
行動からして論破できるような立場じゃないわな。w

47 :出土地不明:04/03/03 21:11 ID:WnWmKKUE
東北中部ですが、家の隣の千田さんのお父さんは、アイヌで国会議員になった
菅野さんにそっくりです。

その隣のおじいちゃんは知里マシホさんにそっくりです。
そこの娘はフカキョンにそっくりでつ。 はァはァ。


48 :出土地不明:04/03/07 09:15 ID:2QT9qxjc
俺も蝦夷の一部はアイヌ語を話していたと思う。
ただ「蝦夷」は南日本に住んでた連中が呼んでただけで、
同一言語集団とは限らない。一部は日本語を話していた
かもしれない。それと1000年も前の前だからな、
近世アイヌ文化とはかなり違うだろう。俺は平安時代の
人間と自分が同じ民族とは思えん。その程度の差はある
はずだ。

49 :出土地不明:04/03/08 10:11 ID:hxGVt3gk
千年前なら日本文化だって今とはかなり違った「異質」な
ものだろ。

50 :出土地不明:04/03/08 14:40 ID:U2/1vo4Q
アイヌ語の前には縄文語があるわけだが。。。

51 :48:04/03/09 16:20 ID:cCkvDgbW
「縄文語」なんてものは作業仮説にすぎません。
後世この地域で確認できているのは日本語とアイヌ語だけ。
両言語は系統関係がないと思われるので、両言語の「祖語」
として「縄文語」を立てるのは言語学上はナンセンスです。

52 :出土地不明:04/03/14 07:51 ID:DdPHmFRP
アイヌ語って、文字はないんだよね?

53 :出土地不明:04/03/21 06:52 ID:kb2TNIWA
コロポックル

54 :出土地不明:04/03/21 13:51 ID:bMGW17mQ
日本語もアイヌ語も孤立しているってのは面白いよね。

55 :出土地不明:04/03/21 20:20 ID:vwKY9xWC
>29
アイヌを追いやったのではなく
朝鮮半島からの侵入者と地元アイヌが
混血して日本人が誕生したんです。

56 :出土地不明:04/03/21 20:23 ID:vwKY9xWC
>アイヌ語の前には縄文語があるわけだが。。。

アイヌ語は存在してもすが縄文人の言葉は現在ではわかりません。

たぶん縄文人も自分らのことを「アイヌ」と自称してたでしょうから...

57 :出土地不明:04/03/21 20:24 ID:vwKY9xWC
>54
ウラルアルタイ語だろ。
語順は朝鮮とかモンゴルとかトルコ系と一緒
日本人の祖先が中国人よりは朝鮮人に
酷似してたのは間違いないでしょう。

58 :出土地不明:04/03/22 06:44 ID:kMKNcLt4
>>51
ナンセンスと断定するのもナンセンス。
現存していない、存在を確認するのが困難だからと言って全否定するのは
キチガイとしかいいようが無い。

59 :出土地不明:04/03/22 06:45 ID:kMKNcLt4
>>57
そういう短絡的な決め付けは、無知を露呈しているに過ぎない。

60 :出土地不明:04/03/24 19:10 ID:Z215Z/Nz
>57
SOV語順なら世界各地の言語にありますがw

61 :出土地不明:04/03/24 21:15 ID:9M5DIl6b
>>57
>>57
縄文語やアイヌ語がSOVだったらどう判断するんだ?
明らかに朝鮮的じゃないぞ。

62 :出土地不明:04/03/25 20:34 ID:r2c/WASL
アイヌ語はSOVだよ。 動詞の造り方や所有関係を表す型が、
日本語とは違うけど、殆んど同じような構文になる。
このSOVというのは、意外かもしれないが変化し易いという
ことが最近の言語学会での定説。 言語の類縁関係を示すもの
ではない。古代ギリシア語ではSOVが標準だったが、現代
ギリシア語ではSVOとなっている。語彙は共通、Hをエー
と発音したのがイと発音するようになったとかのマイナーな
変遷はあるけど。

63 :出土地不明:04/03/25 20:48 ID:r2c/WASL
Ainu itak newa Sisam itak anak
uneno shinrit kor ne an, kani yaykoshiramse.


64 :出土地不明:04/03/26 13:55 ID:mmWp0/Qx
>>24
文献によると、全員が移住させられたわけでもないし、
移住後に許されて「俘囚」という身分で地元に帰った
一族も多かったようです。

65 :出土地不明:04/03/27 04:14 ID:/9VBcK/c
さて、お尋ねの縄文語の件ですが、縄文語そのものは文献資料に記載
された用例が一切存在しないため、縄文語を再構するにはひたすら理論
的推定に依るしか方法がありません。よって、再構する研究者がどういう
理論に基づいてそれを行なうかによって、再構される縄文語は異なって
来ます。崎山氏の場合は、

縄文の言葉
http://www.capa.ne.jp/a-bank/maruyama/language/

を見る限り、語彙の多くは上代日本語をもとに、日本語を始めとする
世界の諸言語において一般的に認められる音韻変化の傾向に基づき、
発音だけを一時代前の語形に戻すという、最もスタンダードな手法を
用いておられるようです。

 例えば、日本語には「唇音退化」と言って、発音をする際に唇が次第
に使われなくなるという傾向が認められます。代表的なものとしては
ハ行子音がそうです。ハ行子音は現在ハ・ヘ・ホがh(声門摩擦音)、
ヒが¢(硬口蓋摩擦音)、フがΦ(両唇摩擦音)ですが、江戸時代の
極初期まではハヒフヘホともΦであったことがわかっています。印欧
語族の比較研究によって、f(唇歯摩擦音)は古くはp(両唇破裂音)で
あったことが知られていますから、それを日本語にあてはめれば、
上代乃至それ以前においては、日本語のハ行子音はpであったと推定
されるわけです。崎山氏の再構においてパ行音となっているものは、
それをハ行音に戻してやれば、大体現代語に近いものになるはずです。
 ハ行子音以外では、上代語のヤ行('j)がdに、ワ行('w)がb(v?)に、
サ行(s)がtsに、それぞれ再構されているようですね。ここまではまぁ
それなりに理解出来るのですが、不審なのがボツィ(星)です。なぜp
でなくbに再構されているのか、不思議でなりません。単なる誤記で
あれば問題ないのですが。それと、ドリ(鳥)も不審です。私だったら、
ここはtori乃至to:と再構するところです。既にヤ行子音をdに再構して
いるのに、わざわざタ行子音までもdにしてしまう意味が理解出来ない
んですよね。それじゃあ縄文語d→上代語'j,tということになってしまい
ますから、dがヤ行とタ行に分岐した理由を別に考えなくてはならなく
なってしまいます。まぁ他に何か理由(縄文語の系統をある特定の言語
と結び付けるために必要である等)があるのかも知れませんが。
親族語彙に関しては、イェ(兄・姉)とオト(弟・妹)は上代語そのままです
から理解出来るとして、アヤ(父)、イネ(母)、ノノ(祖父・祖母)あたりは、
何をもとに再構しているのかわかりません。上代語では父親はtiti(ちち)
またはkazo(カゾ)、母親はΦaΦa(はは)または'omo(おも)ですから、
上記の縄文語が上代語をもとにしているとはちょっと考えにくいんですよね。
私だったら父はti:、母はpa:、祖父は'odi、祖母はopaとするけどなぁ。

 あと、動詞部分についてはよくわかりません。bu-i-bu-muが「居ます」
という意味であることからすると、bu-iが上代語「ゐる」の連用形'wiの
祖形というのは当たっていそうですが、bu-muが何に相当するのか、
ちょっと思い付きません。上代語にはまだ丁寧語は存在しませんでしたしね。

66 :出土地不明:04/03/27 04:15 ID:/9VBcK/c
縄文語
縄文人が使っていた言葉は、古典文学や各地の方言、言語学から推理して考えられています。

体の部位
現代語  縄文語
 髪     カミ
 顔    トゥラ
 耳     ミミ
 鼻    パナ
くちびる  ピル
 手    タア
 胸    ムナ

親族
現代語     縄文語
 私       アー
あなた      ナー
 父       アヤ
 母       イネ
弟・妹・いとこ  オト
兄・姉・いとこ  イエ
伯父・伯父   アヤ
伯母・叔母   イネ
祖父・祖母   ノノ

動物
現代語   縄文語
 犬      イナ
イノシシ   ブイ
クマ     クマ
ヘビ     ムイ
トリ      ドリ
サカナ   イワ
カイ     カピ

自然
現代語   縄文語
 空     アマ
 海     ワタ
 山     ダマ
 星     ボツィ
 雪     ドキ
 雷     グル

67 :出土地不明:04/04/01 17:40 ID:iDqemXGJ
たしかインディアンもSOVじゃなかったけ。
ついでに古代ギリシャ語の文字は
日本の仮名のように1音節で一字だったので
母音と子音を表すようなアルファベットタイプでは
なかったらしい。

西洋人は日本の文字とギリシャ的な多神教であるため
古いタイプの封建型文明だとおもってますね。
中国の場合は文字に関してはあまりにも独自な道を走りすぎてたので
結構なぞらしい。ついでに中国も古代においてはSOVだったらしい。

68 :出土地不明:04/04/01 17:44 ID:iDqemXGJ
普通に考えてアイヌ語を元に考えた方が普通じゃないか。
後から進入した弥生人の言葉が66みたいな言葉なんじゃないの?

69 :出土地不明:04/04/02 22:44 ID:HR7hO9GH
中国があまりにも独自って、、もともと文字は甲骨文字と楔形文字の2種類だろ?

70 :出土地不明:04/04/04 16:33 ID:reFxcSix
>>64
というか、そもそも東北人と九州人の特徴は全部
一致しているわけではないんだから、あんなの
ヨタ話にすぎんよ。
確かに両者とも、畿内中心の大陸系の影響は弱いが。

71 :出土地不明:04/04/21 01:24 ID:8Snbw/rr
どうも文献を読めば読むほど【蝦夷=アイヌ】と思えて仕方ない。

えらい先生には「蝦夷とアイヌは別民族」という人もいるし、蝦夷と
アイヌを同一視するのは古い考えなのかもしれないケド・・。

蝦夷は夏の家を持っていたというし、実際に北東北を旅してみて
なんとな〜く思いを深めました。

でも藤原三代は日本人だっていうしなあ。「蝦夷」は政治的な単語
なだけなのかもしれない。うーん・・・。


まあ、たとえ人種が違ったとしても、文化圏はほぼ同じだと思ったです。

72 :出土地不明:04/04/21 10:45 ID:UvalKyni
>>71
【蝦夷>アイヌ】ではないかと。
古代ローマ人と現代イタリア人が同じでないように、
モンゴルウルスの人々と今のモンゴル人が同じでないように。


73 :出土地不明:04/04/23 23:55 ID:TAHlbi86
>>72
現代イタリア人のようには混血してないでしょ。民族大移動もないしね。


74 :出土地不明:04/04/24 11:54 ID:5apYXuzO
>71
藤原三代は
1代ごとにだんだん倭人化してる。

結局、頼朝に滅ぼされるわけだけどね。

アイヌかアイヌでないかは脛骨をみればいい
扁平な脛骨を持ってる場合、アイヌ。

ヨーロッパでは石器時代人の骨にしかこの形質は現れない。
日本の場合アイヌと縄文人に現れる。

75 :出土地不明:04/04/25 00:00 ID:i6ZTOg1I



さて、日本人種の未来についてだが、

現在の日本の国際結婚率が約5%だから、
新生児の約5%が異種との混血児と推測できる。
平均的に約30才で子供を出産したとすると、
30年で5%ずつ日本人の血が異種の血に占められていく訳だから、
このペースで行くと、約300年後には、日本人の血の半分は
異種の血で占められてしまい、現在の日本人とは

全 く 違 っ た 人 種 に な っ て し ま う 。




76 :出土地不明:04/04/25 21:27 ID:NMXAm20E
>>74
それは生身の人間でも判断付くの??
扁平な脛とはいったい・・

77 :出土地不明:04/04/27 21:42 ID:aRNj1yqf




日韓結婚が年間 約1万組。
それに伴なう朝鮮人化した混血児。
毎年、日本の新生児 約100万人のうち、
約1〜2万人の新生児に
容赦無く 朝鮮人の血が流し込まれている。

また、韓国朝鮮人の帰化は年間 約1万人も。





78 :出土地不明:04/04/29 23:47 ID:8Af/G317
蝦夷。エゾ・エミシって言う場合があるが、時代によって読み方が違うようだ。
縄文=アイヌではない。何故ならば、縄文人って現代の人間が定義づけた集団のことでしょ。
縄文人ってやつは全くの一集団で括れるか。縄文人ってのは縄文土器とかいうもの
から仮定した人々なんだろうけど。縄文土器ってやつもいろんなタイプがあるしなぁ。
んで、アイヌってどういう集団かね。一集団で括れるのかねぇ。
アイヌってやつはいつから成立したよ?
なんにしても縄文時代って一万年近く続いてことになってるから、おかしいんじゃ?

79 :出土地不明:04/04/30 18:17 ID:uzfukGC8
>>78の指摘どおり、別な基準でくくったカテゴリー同士を
比較するのは難しい。
近代以前にアイヌ語をしゃべってたのが「アイヌ」だろうね。
縄文人は大昔に縄文土器を使ってた連中。
基準が違うもんな。

80 :出土地不明:04/05/01 03:25 ID:R3f9WWWS
言語的には、アイヌ語は縄文語を受け継いでいるだろうと見られている。

81 :出土地不明:04/05/02 18:15 ID:eu64wadg
だからアイヌが成立したもなにも

アイヌは自分らのことをアイヌ(人間)と
呼んでいたのだから
いつ成立なんてことは倭人がかってに
決めたことにならない?

82 :出土地不明:04/05/04 02:53 ID:YKtT62P3
>>81
意味不明。

83 :79:04/05/04 19:09 ID:xS769vd5
>>80
「縄文語」っていってもねえ…。
北海道においては過去に大規模な人間の移動の痕跡がみられない。
だから「アイヌ語を話す集団が外部から移住してきたのではない
だろう」と推測されている。さらに「アイヌ語においても他の言語と
同様に通時的変化があったはず」と考え、今のアイヌ語と大きな
違いがある段階までさかのぼって「プレ・アイヌ語」という作業仮説
をたてることは可能だ。それの段階を土器における縄文時代と同じ
時代に推定するのが「縄文語がアイヌ語になった」説。言語学的には
何も言っていないに等しい。


84 :出土地不明:04/05/06 02:52 ID:SEtMq1Y2
【歴史】「蝦夷の地」に争乱の世紀 鉄やじり、縛られた人骨出土
http://news5.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1083765350/

こんなん出ましたけど。

85 :出土地不明:04/05/06 12:21 ID:F32J0UYY
そりゃ、平和が続いたと考える方が非現実的だ罠。
部族間の衝突があると考える方が自然。現代だって同じでしょ。
古代のような部族間の衝突など考えられない現代ですら、平和な時代が続く世の中
なんて考えられんしな。

86 :出土地不明:04/05/06 20:55 ID:U1xp2FVP
>>30
秩父原人から現代日本人とアイヌ人が枝分かれし、秩父原人とは別ルートから日本に入った高森原人が蝦夷に進化したわけですね。

87 :出土地不明:04/05/08 22:28 ID:E5dSZ462
372 名前:日本@名無史さん :04/04/18 13:57
何年か前に縄文犬を保存するって会をTVで見たが、
縄文犬以外の血が少しでも入ると縄文犬の特徴が全部消えてしまうそうだ。
縄文犬の特徴を保存するには純血を守るしかないワケだ。

88 :出土地不明:04/05/09 21:24 ID:+YE56mWM
>>74
その逆で、さかのぼるほど倭人化(京都人化)している。
つまり、京都から来た官僚が地元の人間と婚姻を繰り返した、というのが一番ありえるシナリオ。


89 :出土地不明 :04/05/12 23:06 ID:hm3BN80O
>oma :馬子舞(mak奥の-omaにある-iところ) 見前、尻前、軽米

これを並べかえると、oma−にある、mak−奥の、でomakになる。
女の股の奥にあるオマ○コは、アイヌ語のomakから来ているのではないか?
(関西では若干変化し、omekになった)
仮に、mak−奥の、oma−にある、の順(makoma)だったとしても、直裁な表現を嫌って、
読み順を逆にするというのは、日本語では今でも頻繁に見られる表現だ。
過去においても、それが陰部を表す単語なら、なおさらだったかもしれない。
陰部のようなエッチな部分を表す単語は、公には口にしづらいが故に、
上代から変わらず語り継がれたいるかもしれない。

アイヌ語こそ日本語の母語だという思いを一段と強くしました。
でなければ、日本全国の意味不明な地名の説明がつかないので。

90 :出土地不明:04/05/12 23:38 ID:hm3BN80O
すいません、>>88>>17に則ったものです。

>>17によると、この他にも、
>usi :沢山あるという意味で使われる。漢字は「牛、石、臼、伏、節」が当てられることが多い。
なるほど石はそこらじゅうにあるものの代表格ですね。
>shri :山や断崖の意味で使われる。
人間の体の「お尻」の部分も、後ろに出っ張っていて山のようですもんね。
また、
>tay :森がある台地を指し
とありますが、日本語でも台地上の地名は「○○台」と呼ばれていることがありますね。

やはり、弥生人が侵入し、大和朝廷ができて蝦夷であり縄文人であるアイヌを敵視するまでの間は、
日本各地で倭人との混血が進んだんでしょう。
アイヌ語が混血倭人にも引き継がれたのは、倭人の側に、まだ倭人としての所属意識が薄かったのと、
何よりも、その土地で暮らす上で周辺の地名を頭に入れておく必要があったからでしょうね。
来て間もない倭人間では、統一した地名がありません。一つに統一しようものなら、
各人の主張がぶつかりあって、なかなか上手く集約されないでしょう。
第一、地名などは、その土地に非常に長く暮らさないと、付けられるものではありません。
その点、縄文であるアイヌは、狩猟採集を主体としていたでしょうから、土地の隅々に地名をつけていたのでしょう。
混血した倭人は、父親や母親のアイヌ人から、自然とその言葉の意味を習得していったことでしょう。
混血していない倭人でも、やはり地名はアイヌに聞くのが手っ取り早いでしょうから、
地名を教えてもらいながら、アイヌ語を習得し、地名の存在と相俟って、自らの言語となっていった。
こういうことでしょうね。
アメリカでも、ヨーロッパの故郷の地名だけでは手に負えずに、インディアンの地名を踏襲していますね。
メイフラワー号以降、ヨーロッパから大々的に移民が来るまでは、白人とインディアンとは
適度に融和していたといいますから、この段階でインディアンの地名が白人のものにもなったのかもしれません。
そのアメリカで口語までがインディアンの言語と混ざらなかったのは、融和の期間が短かったことや
日本よりも時代がずっと下って、白人も文明化していたので、白人優越意識などがあったからでしょうね。
日本では、大和朝廷ができて以降も、しばらくは、中央の威令が最前線までは届かなかったでしょうから、
この間も、アイヌ語と倭人の言語が混ざる状況は続いたのでしょうね。

91 :出土地不明:04/05/12 23:40 ID:hm3BN80O
またまたすいません。
>>90での>>88>>89のことでした。再度お詫びいたします。

92 :出土地不明:04/05/12 23:48 ID:O+Hv7oC9
>>74
奥州藤原氏の一般的な系図は、頼遠―経清―清衡―基衡―秀衡―泰衡。
頼遠以前は下級官人だから、両親ともに非俘囚(蝦夷)でしょう、経清の母は「陸奥和記」によれば、散位平国妙の妹。出羽に土着しているが、国妙も恐らく中央出身で非俘囚。
清衡の母が安倍頼良女、ここで初めて俘囚安部氏の血が入る。基衡の母は恐らく平氏出身(清衡の北の方-正室-は平氏)、秀衡の母は安倍宗任女、ここで再び俘囚安部氏の血が入る。泰衡の母は大蔵卿藤原基成女、貴族の出。

実は2回(直接は)しか俘囚の血が入っていない。奥州藤原氏の骨を調べて、蝦夷とアイヌの骨格を論じるのは(毛人だけど)不毛ではないか。

93 :出土地不明:04/05/12 23:55 ID:hm3BN80O
>>89-91です。
でしゃばってすいません。
>>92
中央の人間の血を入れようとするのは、そうすることで敵視から免れるという、
防衛策の意味があったのではないでしょうかね?

94 :出土地不明:04/05/16 19:30 ID:nWpmDa6F
>>86
それは間違い。
秩父原人は西に移動して山陰山陽以西に住んだ。
上高森原人のうち、東北に残った者がアイヌ人の祖先となり
西征して秩父原人を滅ぼした者が大和朝廷を開き和人になった。
だから>>30のように、中国地方で発掘された人骨のほうが
和人とアイヌ人の間の骨格差よりも大きくなる。
神話上の東征は本当は西征の誤りで、大和朝廷を渡来人が作ったというのも誤り。

95 :出土地不明:04/05/16 22:49 ID:pU7pdmn4

実況スレ

NHKアーカイブス ◆ 森と老人 チロンヌップの詩
http://live10.2ch.net/test/read.cgi/livenhk/1084692109/

96 :出土地不明:04/05/17 20:39 ID:P6OS89JL
>90
>アメリカでも、ヨーロッパの故郷の地名だけでは手に負えずに、インディアンの地名を踏襲していますね。

日本でもそう。そこらじゅうに高麗というちめいがあるしね。特に関東には高麗計の地名が多いよ。
たぶん関西は百済系がおおくないですか。

旧国名なんかは無理やりこじつけて天皇がどうのこうのとでてくるが
東国はほとんどアイヌ由来の地名だとおもう。
アメリカは逆に西の州にいけばいくほどインディアンぽい地名になる。
英国は北方にいけばいくほどケルト系の地名が増える。

海洋国家には似た経緯をたどった国が多いってことだ。

97 :出土地不明:04/05/18 00:10 ID:bp/c/Hmd
ま〜ち〜が〜え〜た〜。「陸奥和記」→「陸奥話記」、「大蔵卿藤原基成」→「民部少輔藤原基成」です。

98 :出土地不明:04/05/18 21:14 ID:VqWy3P2Z
縄文人が弥生人と混血した場合の顔の変化では、まず最初に、


目 を や ら れ る 。


縄文人は四角い眼窩に高い鼻骨、弥生人は丸い眼窩に低い鼻骨。
近年、東北地方で縄文人と弥生人が混血したばかりの頃のものと思われる
約2000年前の男児の骨が発見された。
その混血と見られる男児の頭蓋の鼻骨は縄文人と同様に高いのだが、
眼窩は無残にも弥生人のように完全に丸くなってしまっていたのである。

縄文人が弥生人と混血した場合の顔の変化では、まず最初に、


目 を や ら れ る 。

99 :出土地不明:04/05/19 18:58 ID:aLhmqnCH
>>96
亡命、帰化系渡来人達が朝廷から開拓を命じられた土地なんかは高麗系の地名が点在するね。
埼玉や群馬何かも新羅系の新井とかいう地名も町や村の一地域の名称として残ってる。

100 :出土地不明:04/05/19 19:00 ID:aLhmqnCH
高麗系とか言ったが、高句麗系の方が正しいか・・・・

101 :出土地不明:04/05/22 15:54 ID:tGsjdO7U
>>100 高麗にしたければ高氏高麗にしたほうがよいな。
新井には新羅人がいた文献とか遺跡は出るのか?


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