2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【哲学】アラン・バディウ【宣言】

1 :考える名無しさん:04/03/25 19:05
どーよ?

2 :考える名無しさん:04/03/25 20:30
ニダワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜<nヽ`∀´>η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* !!!!!

3 :考える名無しさん:04/03/25 21:16
最近本屋でこの人の本を見かけるが、いったい何者なの?

4 :考える名無しさん:04/03/25 22:15
知らなくってもへっちゃらプー

5 :考える名無しさん:04/03/26 01:33
『哲学宣言』でマテーム、マテーム連呼してる。しかも、基礎論はバディウの専門分野らしい。
俺は数学がからきしダメだからなんともいえないが、基礎論を専門でやってる人がラカンのマテームなんか連呼するかね・・・
訳者解説によると小説、戯曲なんかも書いてるらしい、哲学よりそっちのほうが興味あるな。

6 :考える名無しさん:04/03/26 01:50
バディウはマオイストで、ドゥルーズのライバルで、主著はたしか
「存在と出来事」だったかな

7 :考える名無しさん:04/03/26 01:58
分析哲学やっている奴はこういう数理哲学をどう評価するんだろう?
サイエンス・ウォーズをかいくぐるのは間違いないし。

8 :考える名無しさん:04/03/26 02:05
ベケット論

9 :考える名無しさん:04/03/26 03:07
なんか最近この人が大好きミーハーでスマソ

10 :考える名無しさん:04/03/26 07:19
========
人権について
(アラン・バディウ)

もっともわかりやすい例を考えてみましょう。ニューヨークで起きた恐ろしい犯
罪的な攻撃と、それがもたらした数千人の使者です。人権の道徳性という視点か
ら考えるならば、ブッシュ大統領とともに、「これはテロリストの犯罪だ。善と
悪の戦いだ」ということになるでしょう。

しかしパレスチナやイラクなどでのブッシュの生産は、ほんとうに〈善〉でしょ
うか。これらの人々は〈悪〉だというとき、あるいはこれらの人々が人権を尊重
しないというとき、爆弾でみずからの命を絶った人々の心の中について、なにか
を理解することになるでしょうか。西洋の大国、ときにアメリカ政府の政策は、
精密さも価値もまったくないものであるという事実が、世界のうちに絶望と暴力
が生まれているのではないでしょうか。

わたしたちは犯罪に、しかも恐るべき犯罪に直面しています。しかしわたしたち
は、道徳性についてのステレオタイプ的な考え方に従うのではなく、具体的に政
治的な真実に基づいて思考し、行動すべきなのです。世界中の人々が、真の問題
は次のようなものであることを理解しています。西洋、NATO、ヨーロッパ、
アメリカの政策が、地球の住民の三分の二の人々にはまったくの不正としか感じ
られないのはなぜか。

11 :考える名無しさん:04/03/26 07:20
五千人のアメリカ人の死が戦争の理由になると考えられるのに、ルワンダにおけ
る五十万人の死や、アフリカでこれから予想される一千万人もの死は、わたした
ちにとっては、憤慨を引き起こす理由になると考えられていないのか。アメリカ
の市民を爆撃することは〈悪〉であるのに、いまバクダッドやベルグラードの市
民を爆撃することが、そして過去にハノイやパナマの市民を爆撃することが〈善〉
なのか。

わたしが提唱したい真理の倫理学は、抽象的な権利からではなく、目をみはるよ
うな〈悪〉からでもなく、具体的な状況から出発します。世界中の人々がこうし
具体的な状況を理解しており、だれもがこうした状況が不正であることに促され
て行動できるのです−−自分の利益からではなく。

政治における〈悪〉はすぐにみてわかるものです−−生命、富、権力が絶対に不
均衡になっていることです。こうしたものが平等に分け与えられていることが
〈善〉なのです。すべての人類に十分な飲料水、学校、病院、食料を確保するた
めに必要な金額が、西洋の豊かな諸国で一年間に香水に費やされる金額の総額と
等しいという状態を、わたしたちはいつまで受け入れていることができるのでし
ょうか。これは人権や道徳性の問題ではありません。これは個人において、そし
て国家的において、利益の法則と戦いながら、すべての人々の平等を求める基本
的な戦いの問題なのです。
http://www.melma.com/mag/58/m00026258/a00000238.html

12 :考える名無しさん:04/03/26 07:23
バディウのゴダール論

剰余視(アラン・バディウ,訳:常石史子)
太田出版『批評空間』-24、1999年12月
http://plaza.harmonix.ne.jp/~fumi-t/french/badiou.htm

13 :考える名無しさん:04/03/26 14:00
技術と科学を分けているんだけど、そこら辺の関係をもう少し掘り下げて欲しかった。
現代技術に関する記述でハイデガーを典型的な反動ノスタルジーと切ってるところはどうなんだろう。

14 :考える名無しさん:04/03/26 14:10
この人の経歴・プロフィールを教えてくだちい。

15 :考える名無しさん:04/03/26 14:32
本に載ってるやつの殆ど丸写しなら、
37年にモロッコの首都ラバに生まれる。56年〜61年高等師範学校に学ぶ。
67年にサルトル派からアルチュセール派に、69年にフーコーの推薦でパリ大ヴァンセンヌ校教授。ドゥルーズの授業を妨害して、ドゥルーズに「ボルシェヴィキ」と罵倒される。見かけの自己批判をしたアルチュセールを批判。
75年に毛沢東に倣って「矛盾論」を刊行。その後マルクス主義が歴史的に敗退したことを認め、政治から哲学にシフトを移したとこのこと。
88年に「存在と出来事」を刊行。99年高等師範学校教授。

16 :考える名無しさん:04/03/26 14:41
>>15
サンクス

17 :考える名無しさん:04/03/26 15:00
日本では元アルチュセール派の人っとバリバール以外さっぱりだよね。
バディウ、ランシエール、マシュレ、ベンサイードと

18 :考える名無しさん:04/03/26 15:07
あれベンサイードはトロツキストか

19 :考える名無しさん:04/03/26 20:44
去年のアガンベンに続き強引にブームを仕掛けようとしているな
既に今年翻訳2つ…

20 :考える名無しさん:04/03/26 22:03
どっちも仕掛けるのが十年遅いんだよ
バディウはジェイムソンと一緒に読むべきだった

21 :考える名無しさん:04/03/27 00:03
>>20
同意。特にバディウは10年前既に『存在と出来事』を出していたんだからね。
『諸条件』『存在と出来事』と刊行予定らしい。強引に仕掛けてもブームにならない気がする。
ネグリなんかも色々刊行されたけど、振るわなかったし、
ルジャンドルとかも来日して、本も出版されたけど全然無反応だった。

22 :考える名無しさん:04/03/27 01:07
こんど出た『哲学宣言』なんて1989年の本だぜ。
なんか最近宣言があったかのように売り出してるけどさw
はっきりいってかなり強引だし、訳者や解説者にも紹介する際に
そういう最低限のパースペクティヴをもっとちゃんと
わきまえてくれ、という感じ。

23 :考える名無しさん:04/03/27 01:21
一連のマッチポンプが萎える理由として、
強引な時代感覚の設定がある。

冷戦期のお気楽バブル

90年代から9・11へとリアルな思想状況

というアリモノの流れを作って思想家を紹介している面があるけれど、
近年紹介されている思想家たちは冷戦期からまともな思考を続けていた。
日本の思想業界は世相に流されすぎる。

24 :考える名無しさん:04/03/27 01:22
詩、数学に造詣が深く、また小説、戯曲、映画評論も手掛けるんだってさ

25 :考える名無しさん:04/03/27 22:27
「類生成的」って言葉が沢山出て来るんだがいまいちよくわからん。

26 :考える名無しさん:04/03/29 21:41
Lazarusとの相互的な影響関係はまだ続いているのかな?

27 :考える名無しさん:04/03/29 23:12
Lazarusって誰すか?

28 :考える名無しさん:04/04/02 00:18
ウィトゲンシュタインを勘違いして理解してるな。
ドゥルーズ本のときもドゥルーズを歪曲して自分のほうに寄せてたし、
勘違いというよりも、こういう人なんだろうな。

29 :考える名無しさん:04/04/02 00:31
>>28
バディウについてのコメント、もう少しヨロ(批判歓迎)

30 :考える名無しさん:04/04/02 14:45
>>27
Sylvain Lazarusのことです。
哲学宣言でもLazarusの「不分明な出来事性」について言及しているし、
『不分明な災害』(D'un desastre obscur)はLazarusを思いっきり意識して書かれている。

31 :考える名無しさん:04/04/02 23:59
もしかしてこのスレって2人しかいない?

32 :考える名無しさん:04/04/03 03:52
いやいや、俺もいるから三人だな

33 :考える名無しさん:04/04/04 20:35
いやいや、アタシもいれて四人プレイ。


34 :考える名無しさん:04/04/04 20:38
>>28 今度、ヴィトゲンシュタインの批判本出すよ。相変わらず、「誤読」
して、ヴィトゲンシュタインを哲学を真理とは関係ない言語ゲームに
貶めたという前提のもとで議論しています。

35 :考える名無しさん:04/04/04 20:40
彰による書評を求む。

36 :考える名無しさん:04/04/04 20:41
よく知らないけど、ほんの読み方が、ハイデガーや、柄谷の態度に近いんですか?

37 :考える名無しさん:04/04/04 20:48
うーむ、柄谷はアナロジーで押しまくりでしょ。バディウはどちらかというと、党派的に
相手の言っていることを自分の都合の良いように変えていってしまう。ドゥルーズ論なんて
あれは、バディウのドゥルーズでしょ、面白いけど。

それにしても、プラトンをまるで友達みたいに語って、縦横無尽に引用するなんて凄い。

38 :考える名無しさん:04/04/04 20:58
こいつはがちがちのマオイストで、
党による大衆の指導をいまだに信じてるぜ。

党って言っても、マオの近衛兵みたいなのを
考えているから、めちゃくちゃになるのは
目に見えているけどな。

何も行動しないで大衆を煽る典型的な
インテリ。

39 :考える名無しさん:04/04/04 20:59
スターリニストのジジェクと仲が良い理由がわかった

40 :考える名無しさん:04/04/04 22:00
イマ、ビョウキ。もう長くない。
早く『存在と出来事』の訳本出せ、藤原!

41 :考える名無しさん:04/04/04 23:40
>>34
そうみたいだね。『哲学宣言』読むとウィト(意図的に?)誤読しまくってるから、どうだろうね・・・
それともドゥルーズ本のときのように、ヘンテコだけど面白いのか・・・

『存在と出来事』はだいぶかかりそうだよね。早く出して欲しいなー
『マルクスの亡霊』みたく10年前から出ると言っておいてずっとでないのは勘弁して欲しい。

42 :考える名無しさん:04/04/04 23:56
ジジェクってスターリニスト?

43 :考える名無しさん:04/04/05 00:03
バディウ
存在―出来事

柄谷、クリプキ
述語論理―固有名

、てなところか。


44 :考える名無しさん:04/04/05 00:15
>>34,41

というより、あの年代のフランスの哲学者って分析哲学や論理実証主義らを
読みきれてないんじゃないかな。Jacques Bouveresseが1000ページにも
わたるヴィトゲンシュタインに関する連作を出しているけど、どの程度
読まれているのであろうか。

Dummetとかちゃんと押さえているのであろうか。

45 :考える名無しさん:04/04/05 00:27
読み切れば偉いというわけでもないから別に良いんじゃないの?


46 :考える名無しさん:04/04/05 00:45
45>>
言葉尻を取るねぇ。読みきるってのは「誤読」も含めて言っているのですが。読みきれないってのは、
「誤読」さえも出来ていないで、聞きかじりで評価するってことさ。

例えば、社会主義国が倒れちゃったから、マルクス読んでも
全部間違っていたということが読みきれてないってことさ。



47 :考える名無しさん:04/04/05 00:55
っていうか、44は言外に「分析哲学を理解しない哲学は糞」
みたいな意識を持っていることが伺えるけど、
分析哲学があらゆる哲学問題に応えるとは考えられないから、
あえて無理解に努める態度もアリだろうと思うまでのこと。

48 :考える名無しさん:04/04/05 01:02
また言葉尻を取るねぇ。ヴィトゲンシュタインの話をしているときに
まったく分析哲学を(ある程度)押さえていないのも困りモンだということだけ。

したがって後半の2行には賛成です。

49 :考える名無しさん:04/04/05 01:07
ヴィトは片足だけしか分析哲学に足を突っ込んでいないと感じる。
分析哲学が科哲中心であることからネグレクトされがちな、
キルケゴールやドストエフスキーなどの影響も論じられるべきだと思うから。

ブーヴレスなんかがフランスの分析哲学を代表しているから
おかしなことになっていると思う。

フランスにおける数学の哲学は英米とは異質でしょう。
フレーゲの仏訳者Imbert(基本は科哲の人)も文学論を書くような国。


50 :考える名無しさん:04/04/05 01:10
分析哲学と数学の哲学って全然違うけど。

51 :考える名無しさん:04/04/05 01:15
もちろんバディウは数学の哲学をやっているが、
分析哲学とは何の関係もない。

52 :考える名無しさん:04/04/05 01:15
バディウは数学の哲学なんて全然興味ないって言っているのですが。

53 :考える名無しさん:04/04/05 02:05
算数使っているから数学の哲学やっていると短絡する思考力ないバカ発見。

54 :考える名無しさん:04/04/06 01:03
みんな読んでいないから盛り上がらないね。

55 :考える名無しさん:04/04/06 01:05
批評空間が今あったら、どんな感じで特集されるんだろうか。

56 :考える名無しさん:04/04/06 01:06
浅田が先回りしていろいろ留保を付けるはず。

57 :考える名無しさん:04/04/06 09:38
>>56 ほんとにそうだろうね チョトワロタ

58 :考える名無しさん:04/04/06 14:30
バディウの勉強したのは集合論だけ。


59 :考える名無しさん:04/04/06 14:55
数学の全分野をよく知っている人なんて、数学者でも稀だろ。まして
哲学者だったら、集合論しか勉強してなくても、いいんじゃない?

60 :考える名無しさん:04/04/06 15:25
でも、ドゥルーズ哲学の解釈にそれを使ったのは我田引水気味・・・


61 :考える名無しさん:04/04/06 15:32
バディウはいいけど
そこからさらに我田引水したジジェクの方が害悪が大きい。

62 :考える名無しさん:04/04/06 15:34
ぷっ

63 :考える名無しさん:04/04/06 15:36


2 :考える名無しさん :04/02/24 16:51
浅田彰スレ@不法流出から先ほど出てきた
次のようなコメントを引用しておこう

>ドゥルーズを読むジジェク 2003.12.02a.

>マルクスが生半可な唯物論より観念論から学ぶことの方が多いと言ったように、我々も
、ドゥルーズを安易にネグリなどと結びつけようとするドゥルージアンたちの「善意」より
バディウやジジェクの「悪意」から、いっそう多くを学ぶことが出来るのではないか


3 :考える名無しさん :04/02/24 16:51
>ドゥルーズを読むジジェク 2003.12.02a.


ドゥルーズ本人は良くも悪しくも偉大な哲学者であった
(その哲学は「多」や「生成」にとどまらず「多の一」や「生成の存在」=「回帰」に
まで到達せずには置かないだろう)と思うし、ドゥルーズ本人を何とか開かれた多様性
の方に引き出そうとする凡百のドゥルージアンのドゥルーズ論よりバディウやジジェクの
ドゥルーズ論の方がドゥルーズ哲学の一面に肉薄していることを認めるに吝かではない。



64 :考える名無しさん:04/04/06 19:36
数学者だったらとりあえず数学の全分野は「知って」いる。専門に
するかは別問題。

バディウは確かに集合論以外は?だと思う。ただ『存在と出来事』において
ディウドネの解析入門の話をしていたから一応はある程度数学を知っているのでしょう。

あと、現代集合論の派生分野の圏やfunctorなんかこのごろは使い始めて、
「現出」の問題を論じているという噂。「現出」といえば、現象学では
説明不能な前提条件なはず。そんなところまで手を伸ばそうとしている
バディウはやはり偉大なほら吹きというかドンキホーテというか。
訳書に最後の哲学者って大げさに宣伝してあったけど、あながち嘘ではない。

ところで、デリダ同様、彼も病気ってホント?(デリダはすい臓ガンだそうです。)

65 :考える名無しさん:04/04/06 19:47
脳梗塞

66 :考える名無しさん:04/04/06 19:55
>>64
>数学者だったらとりあえず数学の全分野は「知って」いる。

どの程度で知っているとするかが問題だが、
一般的な意味では、これは大嘘だな。
ためしに森重文あたりにいろいろ質問してみたらわかる。

67 :考える名無しさん:04/04/06 19:57
> 現代集合論の派生分野の圏やfunctor

カテゴリ論は現代集合論の派生分野とは捉えられない

68 : :04/04/06 19:58
なんかバディウと数学者がどーのは関係ないと思うのだが・・・

69 :考える名無しさん:04/04/06 19:59
知の欺瞞だな

70 :考える名無しさん:04/04/06 20:02
欺瞞の知

71 :考える名無しさん:04/04/06 20:03

副島必死だな(w




72 :考える名無しさん:04/04/06 20:06
「領域」間の写像の理論から始まったから、
歴史的にはカテゴリ論は集合論の派生分野でしょ。

73 :考える名無しさん:04/04/06 20:08
領域とはなんぞや。

74 :考える名無しさん:04/04/06 20:10
バディウさん、脳梗塞で倒れてから一ヶ月。状態良好。
テレビで浅田彰の講演を見ながら、「甘い!」と指摘。
薬は既に錠剤を使用。

75 :考える名無しさん:04/04/06 20:14
>>74
浅田彰がフランスのテレビかなんかでフランス語で公演したの?
それとも、バディウさんって、日本語が分かるの?

76 :考える名無しさん:04/04/06 20:15
>>74は長嶋名誉監督に関する大本営発表のパロディではないかな?

77 :考える名無しさん:04/04/06 20:16
オマエ程度の質問だったら森重文は何でも答えるだろ。

78 :考える名無しさん:04/04/06 20:17
ドゥルーズ厨必死だなw

79 :考える名無しさん:04/04/06 20:18
必死つーか哀れつーか

80 :考える名無しさん:04/04/06 20:18
>>77
自分の無知さを指摘されて逆切れですかw

81 :考える名無しさん:04/04/06 20:18
            |
〜〜〜〜〜〜〜〜 |〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   >( c´_ゝ`)   |
             |
>( c´_ゝ`)      J
     >( c´_ゝ`)


           
            |
〜〜〜〜〜〜〜〜 |〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
             |  。 >( c´._ゝ`)
             |   ゚       。 
             J   >( c´,_ゝ`)   ゚ 
                    >( c´,_ゝ`)


82 :考える名無しさん:04/04/06 20:25
森重文クラスでも、学会の別セッションに行けば
ほとんどはチンプンカンプンだと思う。
代数系分科会は全部一まとめだから、代数系セッションにおいてすら
わけわからんことは多いと思う。
もちろんそれは全然恥ずべきことじゃない。
安定ホモトピーの計算なんて、部外者にはその動機すら見えにくい。


83 :考える名無しさん:04/04/06 20:27
まっ、出来事だよ。


84 :考える名無しさん:04/04/06 20:28
「安定ホモトピー」なんて言われても・・・。
安定した均質な場所? はて?

85 :考える名無しさん:04/04/06 20:29
程度の差はあれ、哲学の学会だって同じこと。


86 :考える名無しさん:04/04/06 20:30
安定ホモカップル?

87 :考える名無しさん:04/04/06 20:32
安定ホモトピーなんて簡単じゃん

88 :考える名無しさん:04/04/06 20:34
哲学では本当のところ、他人との共通認識は不可能である。

89 :考える名無しさん:04/04/06 20:35
>>85
そうだよなあ。大学院入試のために勉強した哲学史のテキストの説明と
か、学部の原書講読で読んだわずかな断片とかを必死に思い出しながら、
あとは空想で隙間を埋めて耐えるしかないときがある。(正確に言えば、
「ときが多い」だが。)ただ、一応自然言語で語られるから、推測して
理解しようとする余地は、まだあるか。

90 :考える名無しさん:04/04/06 20:35
恋愛では本当のところ、他人との共通認識は不可能である。


91 :考える名無しさん:04/04/06 20:36
>>87
説明きぼん

スペクトラムとかようわからん

作用素のスペクトルとかとちがうんでしょ?

92 :考える名無しさん:04/04/06 20:40
>>87
定義を知ってる程度を「知ってる」とは言いません。
要するに所謂ハードホモトピーは、何を知りたくて研究しているのかが
部外者には皆目わからないということ。そういう例として持ち出しただけです。

93 :考える名無しさん:04/04/06 20:41
スペクトル分析もホモトピーもバディウとは関係ない。

94 :考える名無しさん:04/04/06 20:42
確率論やってる人にフレアーホモロジー訊いてもわからんのは当然というわけか。

95 :考える名無しさん:04/04/06 20:43
おまいらちゃんとバディウ読めよ。俺もな〜。

96 :考える名無しさん:04/04/06 20:43
          ____
        /∵∴∵∴\
        /∵∴∵∴∵∴\   
       /∵-=・=-∴-=・=-|  
       |∵∵∵/  \∵|  
       |∵∵ /三(u)三| |  要するに、リゾーム化であり万万美が露ということだわな。
       |∵∵ | ____ | | 
       |∵∵ | ____ | | 
       |∵∵ | ____ | |
        \∵ |  === .|/
         \|___/





97 :考える名無しさん:04/04/06 20:44
確率論は応用数学だからなぁ、下手したら代数はまったくお手上げ。

98 :考える名無しさん:04/04/06 20:44
バディウは実はディズニー映画好き。

99 :考える名無しさん:04/04/06 20:44
ハウスドルフ空間知らないとどうにもならないといわれたんですが
それはいったいなんでつか?

100 :考える名無しさん:04/04/06 20:45
こ こ は バ デ ィ ウ ス レ で は な い の で す か ?

101 :考える名無しさん:04/04/06 20:45
コーシー数列が収束する空間。

コーシー数列というと、忘れた...
ちょっと教科書読み返す...

102 :考える名無しさん:04/04/06 20:47
>>99
懐かしいですね。
分離の公理ですね。

103 :考える名無しさん:04/04/06 20:48
> 確率論は応用数学

そうとも言い切れないでしょ。

104 :考える名無しさん:04/04/06 20:52



プププ

リゾーム化であり、変幻自在ということなんだよ?





105 :考える名無しさん:04/04/07 01:20
それはヒルベルト空間の定義でしょ。

106 :考える名無しさん:04/04/07 02:07
スレ違いだけど一応.

>>72
> 「領域」間の写像の理論から始まったから、
> 歴史的にはカテゴリ論は集合論の派生分野でしょ。

Eilenberg & Mac Laneが1945年にカテゴリを定義したのは
代数に現れるある種の概念を一般化するためだよ.
その後Bourbakiはそれを積極的に使う数学を展開したけど
数学基礎論にはほとんど使っていない.
数理論理学とのつながりは1963年のLawvere以後だけど
これも集合論とはつながりが薄い.






107 :考える名無しさん:04/04/07 02:57
数学のことはどうでもいいけど(どうせインチキだろうから)、
ドゥンス・スコトゥスはちゃんと読めてるのか教えてくれ

108 :考える名無しさん:04/04/07 04:50
>>105
コーシー列が収束する(自身に収束点をもつ)空間
=完備距離空間。
ヒルベルト空間はその一例。内積から定義される距離位相で完備な空間。

109 :考える名無しさん:04/04/10 02:36
derrida-deleuze-badiou

110 :考える名無しさん:04/04/10 10:44
このままだと、バディウはドゥルーズ、ウィトを曲解し、ハイデガーの技術論を反動と決め付けたマテームを連呼するマオイストのままになってしまう。

111 :考える名無しさん:04/04/10 11:01
おおむねその通りだろう。
ランシエール等と一緒に芸術論訳せば風向きが変わっていたかもね。
冷戦中に
アルチュセール派のLire Marx以後の仕事と同時に紹介すれば良かったのだ。

112 :考える名無しさん:04/04/10 11:20
アルチュセール派ってアルチュセール以外に重要な仕事している人いる?
バリバール、ランシエール、バディウとアルチュセールの域を出た感がないんだけど

113 :考える名無しさん:04/04/10 11:24
翻訳書が数冊出ても良かったはずだ。
法政ウニヴェルの一部駄本よりは高水準が保証されているから。
112のような判断は、
今頃ナンシーやアガンベンが注目されるような事態を招いた発想ではないか?

一番うっとおしいのは、後知恵で重要思想家扱いされることだ。


114 :112:04/04/10 15:39
もっと読まれてべきだと思うけれども、アルチュセールの思想圏からあまりとび出てない感がある。
ランシエールなんかはいいなと思うけど、バリバールはまんまアルチュセール派。


115 :考える名無しさん:04/04/10 15:48
>>112
優秀な元アルチュセーリアンでは、
ドミニック・ルクール Dominique Lecourt (1944-)
なんて人がいる。
『秩序と戯れ』
(日本語題『ポパーとウィトゲンシュタイン:ウィーン学団・論理実証主義再考』国文社)
は隠れた名著。イチオシ。

116 :考える名無しさん:04/04/10 15:54
アルチュセール派の問題意識だと駄目っていう見解はよくわからん。
バリバールなんかは冷戦以後にしっかり対応していると思うけど。
初期アイディアを放置したまま分かった気になる日本の受容に問題があるのでは?

117 :考える名無しさん:04/04/11 09:33
>>116
その点、バディウは対応し切れてないような気がするんだよね。
正直言って、ドキュン左翼といわれてもおかしくない。まっ、
そこがお茶目なおじさんで、かわいいんだけど。

あと、新たな主体の理論の構築って言っていたけど、これって
東浩紀が試みて「否定神学」として、退けたでしょ。
ここら辺、詳しい人、説明してよ。


118 :考える名無しさん:04/04/11 10:50
この問題なんかおもしろそうだよ。

2 :考える名無しさん :04/02/24 16:51
浅田彰スレ@不法流出から先ほど出てきた
次のようなコメントを引用しておこう

>ドゥルーズを読むジジェク 2003.12.02a.

>マルクスが生半可な唯物論より観念論から学ぶことの方が多いと言ったように、我々も
、ドゥルーズを安易にネグリなどと結びつけようとするドゥルージアンたちの「善意」より
バディウやジジェクの「悪意」から、いっそう多くを学ぶことが出来るのではないか


119 :考える名無しさん:04/04/11 10:50
3 :考える名無しさん :04/02/24 16:51
>ドゥルーズを読むジジェク 2003.12.02a.


ドゥルーズ本人は良くも悪しくも偉大な哲学者であった
(その哲学は「多」や「生成」にとどまらず「多の一」や「生成の存在」=「回帰」に
まで到達せずには置かないだろう)と思うし、ドゥルーズ本人を何とか開かれた多様性
の方に引き出そうとする凡百のドゥルージアンのドゥルーズ論よりバディウやジジェクの
ドゥルーズ論の方がドゥルーズ哲学の一面に肉薄していることを認めるに吝かではない。



120 :考える名無しさん:04/04/11 12:22
>>117
なんで東浩紀が出てくるのかぜんぜん分からん。
あれはハイデガー/ラカンの線で出てくるジジェク流の否定神学じゃなかったっけ?

121 :考える名無しさん:04/04/11 14:34
郵便本の注記で『主体の理論』に言及してた、批判的文脈で。
今手元にないので確認はできんが。

122 :考える名無しさん:04/04/11 14:39
>>120
ジジェク自身が、
バディウ→ジェイムソンによる「消滅する媒介者」の議論を参照している。


123 :120:04/04/11 14:47
そうは言ってもなんだかよく分からないですね。
東がバディウの主体論をどのように批判したのか
それだけが知りたいのですが。そもそも
あの郵便本にとってバディウなど射程に入っていたの
ですか? 注でごく間接的に触れていただけでしょう。


124 :考える名無しさん:04/04/11 15:01
>>123
それを考えるのは君だ
ジジェクだって真面目に考えてなんかいない

125 :120:04/04/11 15:29
>>124
いや、私は >>117 の書き込みを見て、軽く反応しているだけなんで。
要するに >>117 の言うような関係は明確には存在しないだろう
と言いたかったわけです。
まぁ基本的にはどうでもいいのですが。

126 :考える名無しさん:04/04/12 08:20
あるものの単独性は、われわれがそれを固有名でよぶかぎりでのみ出現する。(探求IIp.25)これはバディウのnominationに当たり、Kripkeのinitial baptismに当たる。
歴史的であることは、固有名と関係している。固有名をとってしまった歴史は、「科学」である。(探求IIp.31)
固有名を記述に翻訳すしてしまうことによって、
...われわれは逆接的に単独性の問題に出会う。(探求IIp.32) ― バディウの剰余項としての出来事。

127 :考える名無しさん:04/05/08 04:50
もっと教えてくれ。

128 :考える名無しさん:04/05/18 12:21
バディウには直接関係ないかもしれないが。

美学的無意識
ジャック・ランシエール〔堀潤之訳〕
『みすず』
2004年 5月号(第516号)
5月1日発行


28 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)