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1421〜鄭和艦隊が六大陸を発見していた

1 :世界@名無史さん:04/01/04 00:39
先月発売された「1492〜中国が世界を発見した年」紹介記事
http://www.webdokusho.com/38/0401/sonymg.html
著者ギャビン・メンジーズ(Gavin Menzies)

著者が証拠としているものとしては、カリブ海やオーストラリアの周辺で
巨大な古い中国の難破船が発見されていること、イタリアのベネチアでは
(コロンブス、マゼラン以前の)1428年にアフリカや南北アメリカ、
オーストラリアを含めた正確な世界地図が存在していたこと、鄭和の艦隊は
六分儀を使って自らの船の位置を記録しながら航海していたが、コンピュータ
によるシュミレーションで当時の南十字星などの位置を再現し、鄭和の航海記録と
照らし合わせたところ、オーストラリアや南極、南北アメリカの沿岸などの場所が
浮かび上がったことなどが挙げられている。

2 :世界@名無史さん:04/01/04 00:47
http://www.reset931.net/saiban/Obj_Nar.swf?inputStr=%82%C6%82%E8%82%A0%82%A6%82%B8%82Q%82f%82d%82s%81I

3 :世界@名無史さん:04/01/04 01:24
鄭和が到達したから東アフリカは中華民族の土地だと主張する香具師がいるそうな。

4 :世界@名無史さん:04/01/04 01:40
そうした物乞いをして生きなければならないような障害者でも生きて行ける一つの要素としては、
町というか、もう少し狭い隣近所の親睦に役立っていた隣保(りんぽ)組織の働きがあったと考えられます。
武家屋敷とか大きな商店を除いては江戸の庶民の住居は、長屋というスペースの狭い1階建ての集合住宅でしたから、
人々は顔を会わせないではいられなかったのです。それに徳川政権はキリスト教の抑圧を徹底するために、
相互に監視させるねらいもあって相互の連帯を強化させる政策をとっていました。
オーバーに表現すると、すべての責任は長屋全体で負わなければならない、という具合いでした。
その真のねらいがどうであれ隣近所の相互扶助のシステムが障害者にプラスしていたことは確かでしょう。



5 :世界@名無史さん:04/01/04 01:41
鄭東和様が世界の大箱を揺さぶるニダ

6 :世界@名無史さん:04/01/04 01:42
>>4 はいったいどこのスレに書き込もうとしたのだろうか?

7 :世界@名無史さん:04/01/04 01:45
カリブ海って
わざわざ喜望峰回って、大西洋を越えたわけか?
その前に日本に来いよ

8 :世界@名無史さん:04/01/04 01:55
>>7
四隊に分かれた艦隊のうち一隊が
太平洋横断の帰路に日本の太平洋側を通って中国へ戻ったそうな。

9 :しつもん:04/01/04 05:32
鄭和の航海記録って、どういう形で残っているの?
出版されてる?

10 :世界@名無史さん:04/01/04 08:05
デムパがゆんゆん

11 :世界@名無史さん:04/01/04 18:14
南極大陸周航
グリーンランド周航
オーストラリア東海岸到達
南北アメリカ大陸上陸・・・

太平洋・大西洋横断の証拠の一つに航海日誌に登場する日食・月食の記述が
実際の日時+蝕出現地域と一致したというもの。
>>9
文中に引用文が登場するけど、あれがそうかな?

12 :世界@名無史さん:04/01/04 18:25
インディアンの大量死は中国人が持ち込んだ疫病によるものです。

13 :世界@名無史さん:04/01/04 18:28
英国人も偉いね。こんな歴史を追及する人がいるんだから。

14 :世界@名無史さん:04/01/04 19:32
>>9
鄭和の航海記録そのものは後に全部焼き払われたんだっけ?
劉大家だっけ?焼いたの。

書物に1部分が書き写されているか
乗員から流れた話なんかが小説なんかに残っているくらいだろ。

15 :世界@名無史さん:04/01/04 22:54
「航海記録の多くが反対派に隠滅された」と本にもありますた。

16 :世界@名無史さん:04/01/08 00:26
「南北アメリカ大陸やオーストラリアで鄭和艦隊の
船の残骸や上陸記念碑を発見した」とあるが・・・どんなものなのだろう。

17 : :04/01/08 00:56
まあ、鄭和の大艦隊なら世界一周も不可能ではないよな。

18 :世界@名無史さん:04/01/08 17:48
帆船ならば無補給で世界一周が可能

しかし、人間たる乗組員は豊富な真水・緑黄色野菜・果物・肉類・穀類…
を補給しないといけない


蒸気機関の船が出来たことで燃料と飲料以外の水も補給しなければならなくなった

19 :世界@名無史さん:04/01/12 21:47
そして新たな真実が浮上する・・・・

  鄭 和 は ウ リ ミ ン ジ ョ ク ニ ダ

 

20 :世界@名無史さん:04/01/12 21:55
ムスリムで蒼眼だったんじゃないの?

21 :世界@名無史さん:04/01/13 22:01
>>14
陳舜臣&田中芳樹の情報操作のために、劉大夏はたいへんな悪者にされてるな。
劉大夏は航海記録を焼いたんじゃない。隠したんだよ。やれやれ。

22 :世界@名無史さん:04/01/14 22:54
鄭和ってアフリカの角の辺りまで行ってもどったんじゃなかったっけ?

23 :世界@名無史さん:04/01/14 23:16
著書では四隊に分かれて世界各地へ探検に発ったとのこと。
各艦隊ごとの隊長の名も載っていましたが失念・・・

24 :世界@名無史さん:04/01/15 15:35
鄭和は宦官じゃなかったって本当?

25 :世界@名無史さん:04/01/15 19:18
これがほんとの隠し玉ってか

26 :世界@名無史さん:04/01/15 22:29
>>12 割と冗談抜きに納得。
クロスビーの本読んだ時、いくらなんでも伝播速度速すぎたせんかと思ったけど、挟み撃ちなら。

27 :とてた ◆0Ot7ihccMU :04/01/15 22:36
ちょっと立ち読みしましたが…どんなもんでしょう。
(「可能性」は否定しませんが)

「西暦535年の大噴火」ぐらいかしら。

28 :世界@名無史さん:04/01/17 18:53
世界一勇敢なオカマの大冒険!

鄭和「野郎ども、いっくわよー!」
船乗「おうッ!」

29 :ところで:04/01/17 19:31
アラブの血を引いていて金玉抜いているとしたら、
鄭和の容姿は、ジャニーズ系の美形だったかもしれない……。

30 :世界@名無史さん:04/01/17 19:33
>>14
どこにかくしてたのだ?

31 :世界@名無史さん:04/01/17 22:00
>>28
ボン・クレー?

32 :世界@名無史さん:04/01/26 21:35
やっと全部読み終えた…。
しかし劉大夏が航海記録全部焼却しちゃった理由は
たぶん金がらみだったんだろうな。
船団建造→ウン千万両かかりました
船団帰還→1割しか帰ってこれなかったよテヘ。
     で、またいくから船団作って→劉大夏「死ねやヴォゲ」

33 :素人:04/02/01 23:54
私は理系の学生で、歴史に詳しくないのですが、
最近「1421」を書店で購入して読んでみました。
このお話は本当なのでしょうか?
支持されている学説なのでしょうか?
素人なので自分では判断ができません。盲目的に信じるのも
好きではないし・・・。どなたか、詳しいお話を聞かせてください。

34 :世界@名無史さん:04/02/02 00:10
現状では贔屓目に言っても面白い仮説どまりだと思います。
もうちょっと、技術の伝播とか各地に残っただろう
艦隊乗組員の遺物とかがいっぱい発見されれば信頼性も増すけど
現状ではちょっと、って感じではないでしょうか。

35 :素人:04/02/02 08:46
そうなんですか〜。ご意見ありがとうございます。
この前、ディスカバリーチャンネルで鄭和の冒険が
少し取り上げられていたのですが、よく映画などに
出てくる大航海時代のヨーロッパの船に比べると、
中国のそれが際立って大きいのに驚いていました。
本当の話だったらいいな〜。

36 : :04/02/02 08:54
鄭和の話を聞く度に思うのですが、歴史上、中国が日本に侵攻しようとしなかったのはなぜですか?(異民族王朝の元を除く)
日本にそれだけの価値がないのか、それとも日本を軍事的に制圧する能力
がなかったのか、あるいはその他の理由なのか、全然わからんのですよ。

37 :世界@名無史さん:04/02/02 08:59
全部の大陸には人間が住んでいるからな、「大陸を発見!」って言葉も変だ。

38 :うんこたれ:04/02/02 10:14
>36
たしかにー。
チョソ、チベット、東南アジアは何回も征服しようとしてるのにねー。

39 :世界@名無史さん:04/02/02 10:34
>>37
現代のように情報が全世界で共有されていたわけじゃなかったんだから

40 :世界@名無史さん:04/02/02 12:31
中世とか古代にアジア人でアメリカ大陸逝った人もいるでしょうね。(鄭和云々はともかくとして)
日本でも江戸時代終わり頃に、年貢米積んだ千石船が流されてアメリカにたどり着いて、
インディアンの奴隷やってたって人もいるし。
(最後に日本にもどってくるけど。)

41 :素人:04/02/02 13:08
40番さん>>
へ〜。そんな話があるんですか〜。
勉強になります。そのお話にも興味があります。
もしよかったら、参考文献を教えていただけませんか?
お願いします〜。

42 :素人:04/02/02 13:15
昔、映画『おろしあ国酔夢譚』を観たことがあるんですけど、
漂流してそのまま見知らぬ異国の地で一生を終えた人なんかも、
結構いたのかもしれませんね。映画では、ロシアに漂流して
帰ってきたという設定だったような気がします。実話だとか・・・。

43 :世界@名無史さん:04/02/02 13:21
>42
ていうか大黒屋光太夫を知らんのか……?

44 :世界@名無史さん:04/02/02 14:42
>>36
中華帝国てのは儀礼上皇帝と国家元首が中国式のやりとりを受け入れれば
それで国際秩序は問題ないことになっていたシステム。
皇帝に礼を表明していれば攻めて来る理由はない。

元の時も儀礼上のやりとりを受け入れるようお達しが来たが、
日本の側は蒙古を野蛮人の国として応じなかったため攻めて来た。

45 :世界@名無史さん:04/02/02 14:54
>>44
大和王朝が成立して以後、足利義満のほかに臣下の礼をとろうとした
香具師がいるのか?
それに蒙古が申し入れた儀礼上のやりとりってなに?
威圧的な書状で朝貢を求めるのが儀礼上な訳?

46 :世界@名無史さん:04/02/02 15:07
威圧的な書状で朝貢を求めるのが儀礼のつもりだったんだろw

47 :世界@名無史さん:04/02/02 15:27
>>45
短絡的だな。


48 :世界@名無史さん:04/02/02 15:31
>>45
臣下の礼というのはあくまで礼の秩序のうちのひとつ。
国際秩序が出来上がるには朝貢の外側に互市というのもある。

49 :世界@名無史さん:04/02/02 15:33
>>40
もともとアメリカ先住民てのはアジアから渡って行った訳だが。

50 :素人:04/02/02 17:03
大黒屋光太夫は知ってます。
ごねんなさい。歴史は本当に勉強しなかったものだから・・・。
そういえば、これまたはっきり覚えていないのですが、たしか
『源氏と日本国土』(講談社現代新書)とかいう本の中に、
日本の将軍は、中国の皇帝に貢物を贈り、臣下として認めて
もらっていたというような話があったような・・・。
皇帝から「日本国王」とかいう称号の印を授かっていたとか・・・。
だから攻めてこなかったのでしょうか?

豊臣秀吉も朝鮮出兵の本当の理由は、最終的には中国を支配し、
アジアの、更には世界の王になることを目論んでいたという話も
聞いたことがあります。

う〜ん。やっぱり素人だといろいろな話が断片的に頭の中にあって、
いまいち流れがつかめません。私は理系なので、歴史の本を読むと
記述の細部が本によって全然違うから、???になってしまうのです。

こういう状況に陥ったとき、歴史を専門に勉強されている方は、
どのように対処するのでしょうか?やっぱり「いろいろな説がある」
みたいな感じで両方頭に入れるのでしょうか?

51 :世界@名無史さん:04/02/02 17:13
なぜ古代の中国は日本を攻めなかったの?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1028633094/l50

52 :北条時宗:04/02/02 23:12
ユーラシア各地で悪行を重ね、殺人を犯し、
あまつさえ世界征服をたくらんだ蒙古、許さん!

53 :世界@名無史さん:04/02/03 00:17
>>50
どっかのスレにもあったけど
歴史というのは物証や状況証拠の積み重ねの上の推論でしかない訳で
それぞれの断片も絶対にそうだった訳ではありません。

鄭和の話もまさにそうだと思いますが
タテ(時間)ヨコ(地理)いろんな角度の情報を総合的に頭に入れて
どれだけつじつまの合う推論が出せるかというのが
特に世界史の面白いところです。

54 :世界@名無史さん:04/02/03 01:30
>>51
いつも思うが日本史板ってほんと視野狭いよな。

ほとんどが日本からの一方的な視点ばっか。

55 :世界@名無史さん:04/02/03 19:36
>54
日本史だもん。基準が日本になるのは仕方ないのでは?
客観的にみる。アジアの視点と称して
支那半島マンセーになるアフォよりかマシニダ

56 :世界@名無史さん:04/02/05 16:11
>>55
下手糞な日本語ですね。どこの人ですか?

57 :世界@名無史さん:04/02/09 01:04
当時の明の技術ではすでに経度を測れたんでしたっけ?
正確な時計がないことにはまだ無理か・・・

58 :世界@名無史さん:04/02/09 01:09
当時の明の技術力は世界最高水準だろ
そもそも羅針盤は中国の発明

59 :世界@名無史さん:04/02/09 01:52
>58
上の行には同意だが…緯度と勘違いしてないか?
経度はごく大まかにしか計れなかったと思う。
最低でも分単位で計れる時計と
ログの流速なんかに頼らない速度計ができないと。
19世紀ヨーロッパでやっと、だろう。
ちなみに手元にある1587年アムステルダム製の地図では
日本の位置は緯度は概ねあってるんだけど経度は20度近くずれてる。

60 :世界@名無史さん:04/02/09 20:32
「楊慶の航海」の章に経度観測のやり方が書かれてるけど…

61 :世界@名無史さん:04/02/09 21:02
>>1
グラハムハンコックの「神々の指紋」の類では?
仮説の上に仮説をたてて、どんどん論を展開する。

62 :世界@名無史さん:04/02/09 21:04
鄭和の艦隊はアフリカあたりで引き返したことになってるな。公式の記録では

63 :世界@名無史さん:04/02/09 21:28
ていうか、何しに行ったの?手岩さんたちは

64 :世界@名無史さん:04/02/09 21:31
朝貢を促すため。中華の思想はそういうもんだから。

65 :世界@名無史さん:04/02/09 21:36
そんなに涙ぐましい苦労してまで朝貢させたかったのか
朝貢って赤字なんでしょ?さすが面子を重んじる国だ
つうか、アフリカ東岸まで行ったというのは証拠あるの?


66 :世界@名無史さん:04/02/09 21:42
金印を授かった部族がいるとかw

67 :世界@名無史さん:04/02/09 21:43
鄭和は麒麟を本国に持ち帰っているので、当時アフリカにしか居なかった麒麟を
持って帰っている時点で証拠とすべきかな。
それよりも鄭和の艦隊は
船団200隻、旗艦 500トン、乗員 5万名居たと言うから、

ヴァスコ・ダ・ガマ
3隻
120トン(サン・ガブリエル号)
170名

コロンブス
3隻
250トン(サンタ・マリア号)
88名

とはそもそも航海できるレベルが違う。
世界一周しててもまったく不思議ではない。

むしろ ヴァスコ・ダ・ガマとかの方が怪しい。ソースキボンって感じ。(w





68 :世界@名無史さん:04/02/09 21:46
>>67
そりゃすげーや。
でも中国人は話を三倍くらい大きくふくらますからな。
その数値は信憑性あるのかい?

69 :世界@名無史さん:04/02/09 21:48
>65
国家としての面子というより、永楽帝の権威のため。
簒奪という負の烙印を返上するために「徳」を国内的にPRしなければならなかった。

70 :世界@名無史さん:04/02/09 23:32
>>59
海流による加速での経度のズレを計算してみると、古地図のアフリカ大陸の形状がとたんに無茶苦茶正確になるってこの本に出てるよ。

>>68
ttp://www.ship.nias.ac.jp/isida-ship5.htm

71 :世界@名無史さん:04/02/10 00:59
ティムール帝国をインド洋から北上してさせたり
エジプト辺りに鎮守府を置いて黎明期のオスマントルコを牽制したり
みたいな話があれば個人的には超萌えるんだけどな…。

72 :世界@名無史さん:04/02/10 15:13
考えてみれば別にあり得ないような話でもないんだが、完全に推測の域でしかないからな。
キリンみたいな話のひとつでもあればぐっと深みが出て面白くなるのだが。

トウモロコシの粒が残って発見されたとか。
怪鳥モアやキウイを連れ帰ったとか。
キウイフルーツは中国原産だがw

73 :世界@名無史さん:04/02/10 18:20
大丈夫。レイプ・オブ・ナンキンのようにいつの間にか世界中に広まって
真実と認められるようになります。

74 :世界@名無史さん:04/02/10 18:45
そのうちウリミンジョクも世界一周したことにするニダ

75 :世界@名無史さん:04/02/10 19:31
東アフリカ海岸到達までは世界史的に定説。

ただ、これは別に画期的なことでもなくて、
鄭和航海の100年以上前の元代
(モンゴルが東西の商業ネットワーク強化に買った時期)から
アフリカから物資・商人が海上経由で南宋に通航してた訳なんだが。


76 :世界@名無史さん:04/02/10 20:40
この話は規模が凄かったんだ露。

77 :世界@名無史さん:04/02/10 21:33
昔、世界史の先生がこいつらは目先のこと(侵略と朝貢)のことばかり
考えていて未知の海に乗り出していく気概がなかった。と怒ってました。

78 :世界@名無史さん:04/02/10 21:51
>>75
のいうとおり、
鄭和の航海ルートはイスラム社会で開拓されていた。
その空間を往来しただけ。

イスラム社会との貿易だったんだな。


79 :世界@名無史さん:04/02/10 22:17
発見してようが、旧大陸人アメリカ大陸発見者は
バイキングのレイフ。

もしくはベーリング海峡を渡った香具師。

80 :世界@名無史さん:04/02/11 02:31
つーか鄭和からしてムスリムなんだが。

81 :世界@名無史さん:04/02/13 23:13
トンデモだな

82 :世界@名無史さん:04/02/14 13:22
「神々の指紋」は悪質なだましがいっぱいとか言われてたが古代文明詳しくないから
その悪質さがわからなかったが、
「1421」って嘘というか作者の推理としか考えられないことを事実として書いてる。
騙そうとしてるのか?やっぱ「神々の指紋」的だまし本だな。
「神々〜」もそうだが、ノンフィクションであるが論文ではない的スタンスに
嘘を書いてもいいって姿勢が感じられる。

83 :世界@名無史さん:04/02/14 14:51
「〜に違いない」「〜ではないかと考えられる」が多すぎだわ、あれは。
「現地の住民に伝わる言い伝えによると・・・」は内容を検証のしようがないわな。

84 :世界@名無史さん:04/02/14 15:17
まあそれはそうだろうが

 コロンブス、マゼランもそういった意味での証拠は無いですが
 歴史的事実として認定されているわけで。


85 :世界@名無史さん:04/02/14 16:13
>84
コロンブス、マゼランの場合は航路が開かれて、実際にアメリカやフィリピンが領土化されたんだが。

86 :世界@名無史さん:04/02/14 16:18
実際に行ったのがコロンブス・マゼランであった、という理由にはならないでしょ。

87 :世界@名無史さん:04/02/14 16:25
アメリカに行った人物の名前が実はボブサップであったとしてもあまり問題ではない。
鄭和の場合は航海の存在自体が問題になっている。

88 :世界@名無史さん:04/02/14 16:48
で、鄭和の記録は燃やされたのか隠されたのかどっちだよ

89 :世界@名無史さん:04/02/14 21:42
>>86
コロンブス・マゼランが実在した、という証拠もないでしょとか言い出す?
彼らは信頼に足る記録が残ってる。

90 :世界@名無史さん:04/02/14 22:25
その信頼に足る記録とは??


91 :世界@名無史さん:04/02/14 22:27
第3者が書いていないと意味ないぜ?
スペイン王の文書に記載があるつーのだったらあまり意味無いし。

中国の文書だったら疑わしい、っつーのはちょっと無理やりすぎるだろう?


92 :世界@名無史さん:04/02/14 23:12
166〜167ページ、なんでマゼラン海峡の緯度を記していることがマゼランが
すでに海峡の緯度を知っていたことになるのかわからない。
マゼランは海峡を見つけるまで、南緯75度まで南下しようとしていたことが記録されている。
これは海峡を知らなかった、ともかく海峡を見つけるまで南下する覚悟だったということではないか?
海峡の存在、その緯度も知らなかったことになると思うが作者は気にしてないのか?

93 :世界@名無史さん:04/02/15 12:14
コロンブス、マゼランはともかくとして、アメリゴ・ベスプッチは実在が怪しいとか聞いたが。

94 :世界@名無史さん:04/02/15 14:15
で、鄭和の記録は燃やされたのか隠されたのかどっちだよ

95 :世界@名無史さん:04/02/15 16:24
マゼランはフィリピンから日本・メキシコを経由してスペインに帰った

96 :世界@名無史さん:04/02/15 17:17
>94
燃やされたと書いているのは民間の記録1つだけで、万斯同『明史稿』では隠したことになっている。
正史『明史』はその記述すらない。明史稿も明史も信頼できる記録として有名なので、
燃やしたというのはかなり怪しい。


97 :世界@名無史さん:04/02/15 17:17
この時代って航路がイスラム商人によって各地各方面にかなり高度に整備されてきていて、
世界の「行く価値のある」都市への安全な航路がほぼ網羅されていた。
航路の外をあえて踏み外していくようなことってかえって考え難いんじゃないか?

その点でコロンブスがやったことは革新的だったんだろう。
コロンブスにしたって偶然なんだが。

98 :世界@名無史さん:04/02/15 17:33
>>94
秀吉に燃やされた

99 :世界@名無史さん:04/02/15 18:55
信長がいた証拠も秀吉がいた証拠もライト兄弟が最初に飛んだ証拠も
エジソンが電球を発明した証拠も存在した証拠もない

100 :世界@名無史さん:04/02/15 21:31
>>97 「世界地図」をこさえてこの世の全てを皇帝が掌握している事を天下に示すため、が動機だって説だよ、著者。

101 :世界@名無史さん:04/02/15 21:55
鄭和の航海記録について

◎残存しているもの
馬歓『瀛涯勝覧』
日本語訳有り・アマゾンで購入可能(小川博『中国人の南方見聞録』吉川弘文館)
費信『星槎勝覧』
鞏珍『西洋番国志』
茅元備『武備志』(航海図が載っている)
祝允明が第七次航海について書いた書物

■なかったことになっている謎の書物
鄭和の公式記録(劉大夏が隠したか焼いたかしたことになっているが、
小川博氏は「李自成の乱の時になくなった」説を唱えている)

なお、「劉大夏が記録を焼いて抹殺した」説の論者は
得てして馬歓らの書物について触れて居ない傾向が有る。例として、
田中芳樹は全く馬歓らの書物について触れて居ない。陳舜臣は祝允明の
もの以外は触れて居ない。



102 :世界@名無史さん:04/02/21 20:04
>>1
誰もツッコんでないが「1421」と「1492」じゃ大違いだな。

ピリ・レイスの地図が出てきたのは笑った。
『神々の指紋』並みだな。
あれは中米や南米東北部が異様に拡大してるだけの地図なんだが。
しかも地図上の川を南米西海岸に見立ててるだろ。
カラーでみると両側とも陸地の色でおかしいのが分かるんだが。

まあでも面白い本なので1800円の価値ありかな。

陳舜臣はともかく田中芳樹はひどい。
いったいなんべん劉大夏を罵倒すれば気がすむんだ。
焼却説そのものがはっきりしてないし。
かりに焼却や隠滅が本当だとしても、
かれの動機は大航海による財政濫費を抑えたいというものだったのに。
劉大夏の名誉回復なすべし。

103 :世界@名無史さん:04/02/21 20:17
P503の宮崎正勝氏の解説
「鄭和艦隊の航海に関する記録・文書は焼き払われ、」
……ショックだ。ちくしょう。

104 :世界@名無史さん:04/02/21 23:03
>>102
南米東北部?そんじゃ一見南米東端はアマゾン河口?

105 :あやめ:04/02/24 19:43
昨日お使いに横浜駅まで行こうとしたら叔父が「だったら有隣堂に寄って南伸坊の
本人の何たらゆう顔真似の本を買ってきてくれ」そしたら叔母も「養老さんが今度
古館アナと対談した本がでてるらしいので、ついでに頼むわね」っていきさつで、
ルミネで食事した後に有隣堂に寄ってみました。養老さんの本は直ぐあったけども
顔真似の方は見当たりませんでした。でいつもの習いで世界史の棚に移動してみる。
すると取っ付きの平台で目に飛び込んできたのが或る本の表紙カヴァーに書かれた
「1421」という題名でした。
その本の帯(業界ではコシマキとも言う)の「コロンブスより70年前に鄭和が既に
アメリカ大陸を発見していた」っていうキャッチコピーには、「何だかなぁ」とか
感じながらも気にはなったので、ともかく手にとって中身を読むとはなしに眺めて
挿入のカラー図版のとこまで見て、おやっと思ったのがジラフを使丁が曳いている
絵でした。説明文にはアフリカから永楽帝に献上された麒麟といったようなことが
書かれています。
絵の上方には何やら識語が書き連ねられていますが、字が小さくて印刷が薄いので
読みにくかったのですが、冒頭には「瑞應麒麟頌」とあるのが判りました。

106 :あやめ:04/02/24 19:45
題名に続く頌文は殆ど読み取れませんでしたが、左下に別に書かれた一行は「永樂
十二年歳次甲午秋九月榜葛剌國貢進」とありました。何だアフリカじゃないじゃん、
ベンガラから来た麒麟じゃありませんか、いい加減なこと書かないでよ全く。
まあバングラデシュにはジラフは生息してそうもないから、元はアフリカで獲った
輸入品かも知れないけど、アフリカから献上されたものでないことは明白です。
本文の方にこれに対応する記述があるのか探してみましたが、「鄭和の遠征により
アフリカから色んな珍獣が貢物とし入ってきた」といった程度のことしか見つからず、
短時間の立読みでは何とも評価できませんが、宮崎正勝さんが解説や訳注に関与して
一応はアカデミックなサポートもしてるんだから、素人のあやめがちょこっと見て
直ぐばれるような間違いは恥ずかしいですよ。原著の主張する鄭和のアメリカ大陸
発見説は、乏しい証拠から飛躍した論証を導く強引なもので首肯できません。
「榜葛剌國貢進」の文句に続けて「華亭沈○冩」といった文字が見えます。華亭は
現在は上海特別市に編入されていますが昔は松江府に当たります。

107 :あやめ:04/02/24 19:48
このあと世界史の書棚を左に移動していくと「世界の歴史」の中公版が並んでて、
もしやと思って「アフリカの民族と社会」の巻をチェックしてみました。果たして
ありましたよ「アフリカから永楽帝に献上された麒麟の絵」。但し全体の絵柄は
ジラフが男丁に牽かれている殆ど同様のものですが、細かく見ると「1421」に
掲載されてる方は長い頸に雁木模様が何段にも描き加えられていますが、中公のは
何も模様のないノッペラボウなジラフです。
なお「1421」のはフィラデルフィア美術館所蔵のものだそうですが、中公版
「世界の歴史」のは台北の故宮博物館所蔵のものと説明されています。
故宮のも上方に識語があって割りと鮮明な印刷なので判読は一応可能で、やはり
「瑞應麒麟頌」が書かれていて内容はフィラデルフィアのと異ならないでしょう。
しかし左下には何も文字は書かれておらず上部の頌文の末段に「永樂十二年歳次
甲午秋九月榜葛剌國貢進」の句があり、次に「翰林院修撰沈度」の文が読取れます。
沈度は永楽期の有名な文人官僚で特に書法に優れ、当時の金冊玉版の製には必ず
起用されていたそうです。

108 :あやめ:04/02/24 19:50
そこであやめの推理ですが故宮の方がオリジンで、ジラフが貢進された折に実際
画家が写生し、沈度が天子から指名されて頌文を作り且つ書したものであって、
明の内府所蔵御物として今日まで台湾の故宮博物院に伝存したものでしょう。
一方のフィラデルフィア美術館のはいつの時点でか不明ですが、コピーされた際
ジラフという獣は体に柄が付いているという情報が伝わっていて、画工が想像で
適当に雁木模様を(新撰組か?!)描き加え、リアル指向が却って嘘っぽい結果を
生んでしまったのでしょう。なお沈度の肩書きについては彼が華亭の出身である
事実は世間に知られていたので、原図にあった官名を省いて替りに原図にはない
出身地を添えたものと思われます。

109 :あやめ:04/02/24 19:52
さて帰宅してから永楽期にベンガルとアフリカから「麒麟」が貢進された史実に
関する記載を調べてみました。「明史」の「成祖本紀」の永楽十二年の条には
「是の年・・・榜葛剌は麒麟を貢す」とあります。
また「外國傳」の榜葛剌の条には「榜葛剌は即ち漢の身毒國なり、・・・東漢には
天竺と曰ふ、・・・・・唐も亦た五天竺に分ち、又た五印度と名づく、・・・ 榜葛剌は
則ち東印度なり、蘇門答剌(スマトラ)より 順風二十晝夜にして至る可し、永樂
六年に其の王の靄牙思丁(シャヤースッディン?)使を遣はして來朝し方物を貢す、
・・・十年・・・使者は其の王の喪を告ぐ、官を遣はし往きて祭り、嗣子の賽勿丁を
封じて王と爲す、十二年に嗣王は使を遣はし表を奉まつり來り謝し、麒麟及び
名馬方物を貢す、禮官は表賀を請ふも帝は許す勿らしむ、・・・正統三年に麒麟を
貢し百官は表賀す」とあります。「宦官傳」の侯顯の条には「其の(榜葛剌の)王
の賽佛丁は使を遣はし麒麟及び諸ろの方物を貢す、帝は大いにスぶ」とあって、
ベンガル王の名は恐らく「サイフッディン」といったようなところでしょうか。
永楽帝も表賀は断ったものの腹の中ではとても喜んでたみたいです。

110 :あやめ:04/02/24 19:54
榜葛剌とほぼ同時に麒麟を貢進した国に麻林があります。これはケニア東海岸の
マリンディのことです。「成祖本紀」の永楽十三年の条に「是の年・・・麻林及び
諸番は麒麟・天馬・神鹿を進む」とあり、「外國傳」の麻林の条に「麻林は中國を
去ること絶はだ遠し、永樂十三年に使を遣はし麒麟を貢す、將さに至らんとするや
禮部尚書の呂震は表賀を請ふ、帝は曰く『往(さ)きに儒臣は五經四書大全を進め
上表を請ひ、 朕も之を許せり、此の書が治に益有るを以ってなり、麟の有無は
何の損益する所ならんや、其れ之を已めよ』と、已にして麻林は諸蕃の使者と麟
及び天馬・神鹿の諸物を以って進む、帝は奉天門に御して之を受け、百僚は稽首し
賀を稱す」という記述があります。「呂震傳」には榜葛剌國と麻林國が麒麟を
貢進したので、佞諛の臣である呂震が賀を請うたのに対し、永楽帝は「天下の
治安に麒麟無くして何の害かあらんや」と言って却下したことになっています。
アフリカから永楽帝に麒麟が献上されたというのはマリンディの方の件であって、
フィラデルフィアや故宮に伝わっている絵とは無関係なのです。

111 :世界@名無史さん:04/02/24 22:43
君の考察が立派なことは分ったので結論を言ってくれ給へ

112 :世界@名無史さん:04/02/25 00:31
「神々の指紋」とかによると未知の古代文明がすでに世界を正確に地図にし、
氷の下の南極大陸まで正確に地図にし、
クロノメーターがないと再現不可能な経度も正確に再現して地図にしていたそうだから
鄭和はその地図を用いて新大陸にたどり着いていたとしたら鄭和の発見じゃないね

113 :世界@名無史さん:04/02/25 00:45
おこめ=あやめ

114 :世界@名無史さん:04/02/25 23:25
一般的な説を否定していながらその否定した一般的な説を用いているように見える部分がある。
自身がした推理と矛盾するように見える推理をしている部分がある。
自分の勝手な推理を事実として証拠、根拠としているような記述もある。
でも大航海時代に詳しくない人が読んだら信じるのだろうか。

115 :世界@名無史さん:04/02/26 00:12
なんか、「アメリカは992年に発見されていた!」byKLFを思い出した

116 :世界@名無史さん:04/02/26 00:31
アメリカの場合、紀元前に発見されてるわけだが。

117 :世界@名無史さん:04/02/26 13:59
>>115, 116
皆さんの話を総合すると、
「鄭和は中世のインド洋と太平洋と大西洋における交易拠点とおおまかな海図をすでにもっており、
人類として初めて大規模に交易のグローバル化をはかったが、
その結果得体の知れない病原菌や害虫、害獣、困った植物も一緒に持ち帰ってしまい、
おまけに大盤振る舞いしすぎてビジネスとしても赤字だったので、
助けてくれ〜ヒィ〜と大蔵官僚や農林官僚・厚生官僚がが悲鳴をあげ
事業そのものがつぶれてしまい
かれらが整備しようとした交易網は永続しなかった」
ということになるようだが、それでよろしいかな。

エクアドルで宋代景徳鎮の焼物とか出土してなかったっけ。
太平洋航路なんてもともとあったんじゃないの?

118 :世界@名無史さん:04/02/26 14:03
あやめ先生、もしかして関西方面の国立大学にお勤めの
一部で大人気な温厚で粘着型でスマートなあの●●教授ではありませんか。
院生じゃないだろ。女でもない。

119 :世界@名無史さん:04/03/03 00:21
メンジーズたん、ひとつ史料を見つけると、それを自明のこととして先に進んじゃうね。
複数の史料があって矛盾だらけってことも多い、史学において、あまりにも軽率な態度じゃないの?
史料批判(テキスト・クリティーク)って言葉をご存じなのだろーか?

120 :世界@名無史さん:04/03/03 13:35
161ページ次のフラ・マウロ地図、上が南にあたるって書いてんのに下が南だ。
しかも本文では喜望峰が書かれてるってことで取り上げてんのに
肝心の喜望峰部分カットしてる。
これは多分編集作業時、「この写真上が南だからきぃつけて!!」
と言われてそうか、逆さにするのか、といった混乱で
もともと上を南として描いていた地図をひっくり返し、さらに編集でひっくり返しと
混乱し、結果的に喜望峰をカットして地図を逆さにして逆さだとキャプションつけて逆になってるんじゃないか

121 :あやめ:04/03/03 18:54
>>111
105〜110のあやめのカキコは「報告」であって「考察」ではありません。
従って「結論」てものはありません。
>>118
関西の某先生ではありません。温厚でも粘着質でもない勿論ちっとも人気なんか
ない横浜の主婦です。
大学の先生になれたら何て素敵な人生でしょう。

122 :あやめ:04/03/03 18:58
>>88
鄭和の記録は燃やされたのか隠されたのか?
これに関する文献は萬暦年間に嚴從簡が著した「殊域周咨録」中の記事です。
この本は明朝の周辺諸国に関する情報を詳記したものですが、その「瑣里・古里」の
項に以下のような記述があります。
「仁宗の即位するや前戸部尚書の夏原吉の請に從がひ、詔して西洋取寶船を停止し、
復た番に下らず、宣徳中に復た開き、正統の初に至りて復た禁ず、成化間に中貴
(高位の宦官)の上の意に迎合する者有り、永樂の故事を擧げて以って告ぐ、詔して
鄭和の出使の水程を索む、兵部尚書の項忠は吏に命じ庫に入り舊案を檢すれども
得ず、蓋し先に車駕郎中の劉大夏の匿す所と爲る、忠は吏を笞(むち)うち復た入りて
檢すること三日なれども終ひに得る能はず、大夏は秘して言はず、臺諫の論ずるに
會ひて其の事を止む、忠は吏を詰りて謂く『庫中の案巻は寧(あ)に能く失去せんや』と、
大夏は傍らに在りて對して曰く『三保の西洋に下るや錢糧を費やすこと數十萬、軍民の
死するもの且(ま)さに萬計ならんとす、縱(たと)へ奇寶を得て回へるも、國家に於いて
何の益かあらんや、此れ特(た)だ一の敝政なるのみ、大臣の當(ま)さに切諫すべき
者なり、舊案の存すると雖も亦た當さに之を毀ちて以て其の根を抜くべし、尚ほ何ぞ
其の無きを追究せんや』と、忠は竦然として之を聽く」 続きます。

123 :あやめ:04/03/03 19:01
「周咨録」は更に萬表の「灼艾集」を次のように引用しています。
「劉大夏の兵部郎中と爲るや、中官(宦官)の事を用るもの交南(ヴェトナム)を取るの
策を獻ずる有り、中旨(皇帝の内命)を以て永樂中の調軍(動員)の數を索む、公(大夏)は
故とさらに其の籍を匿し、徐もむろに利害を以て尚書に告ぐ、余子俊も力言して之を
阻み、事は遂に寝(や)む」なお萬表は嘉靖中に漕運や禦倭に功績のあった人物です。
南海への出使取寶か交阯の用兵征服か、いずれにせよ莫大な支出により徒らに財を耗し
民を煩わす政策が発動されるのを恐れた大夏は、下西洋の記録が利用されるのを防遏し
国患を緩くせんと意図して、これを隠匿するに至ったものでしょう。その忠貞の志は
称揚に値いしこそすれ非難すべきものではないと思います。
>>96
「明史稿」はうちにありませんが隠したという記事があるとすれば、恐らく「周咨録」に
由来するものでしょう。
>燃やされたと書いているのは民間の記録1つだけで
それは何という文献か御教示ください。
なお隠したにせよ焼いたにせよ劉大夏が処分したのは内府の公牘であって、関係者が
個人的に編著した書物は独自に公刊され、今日まで伝存して下西洋の史実研究に就き
貴重な資料として利用されていることは周知のとおりです。

124 :世界@名無史さん:04/03/03 20:12
疑問に思う事がある。
明代の船体構造で、500トン以上の大船を造って、果して船が持ったんだろうか。
特に波が激しい希望峰沖や、インドネシア以南の海域で。
もし中国船の構造が優れたものだったのなら、
インド洋以西の船も軒並みジャンクになってそうなものだけど。

125 :世界@名無史さん:04/03/03 20:59
鄭和艦隊が六大陸を発見していに

126 :世界@名無史さん:04/03/03 23:39
明代は亜近代だろ

127 :世界@名無史さん:04/03/04 23:12
フラ・マウロ地図、戦車揚陸艇を思わせるジャンク船が描かれていると書いてるけど
ひょっとしてこれって短冊てか巻物状に文字が記されてるんじゃない?
だって地中海、黒海にもあるよ?
地中海、黒海にもジャンク船が行ってたって言い出すのだろうか!?

128 :世界@名無史さん:04/03/14 10:57
なんでもかんでも宝船艦隊のしわざにしてるのは眉唾だけど、
東アジアと新大陸の間にほそぼそとした繋がりがあったことは認めたいし、
その証拠となりうる史料を列挙していることは評価したい。

129 :世界@名無史さん:04/03/20 12:55
この本、BS2であす放送の「週刊ブックレビュー」でとり上げられるんですが・・・
週刊ブックレビュー 放送予定
ttp://www.nhk.or.jp/book/prog/

130 :世界@名無史さん:04/03/22 23:39
大絶賛で法廷ミステリーみたいとかって証拠がどれほどいい加減に扱われているかを
知らないのか

131 :世界@名無史さん:04/03/23 00:39
冗談としてはなかなかおもしろい本だったが、歴史の棚に置くのは
やめてくれ>うちの大学生協。

132 :世界@名無史さん:04/03/24 20:54
79ページ、

たとえば、海流が船とおなじ向きか逆向きに進んでいる場合――緯度の変化を測るすべがなくなってしまうのだ。

緯度じゃなくて経度ではないだろうか?

133 :世界@名無史さん:04/03/28 11:17
http://amazon2003.com/02geopaleo_029.htm
 ↑
コロンブスより先に新大陸を発見した黒人


134 :世界@名無史さん:04/03/28 13:05
サヴェリオの地図(1505)ってカネリオ地図のこと?
ラテン語読みとかイタリア語読みとかで
カネリオCanerioがサヴェリオになるとかCaverioがカネリオと読めるとかあるの?
詳しい人いませんか?教えてください。

135 :世界@名無史さん:04/03/30 04:16
検索したらCaverioでもカネリオ地図が出るからおそらくサヴェリオって
カネリオのことだろうなーと

136 :世界@名無史さん:04/03/30 21:04
ブラジルでは古代フェニキアの硬貨が見つかったそうな

137 :世界@名無史さん:04/03/31 07:11
>>133
モンゴロイドに皆殺しにされたってか?

138 :おぎまる ◆JJi5gOTcvk :04/03/31 07:35
>あやめさん
>燃やされたと書いているのは民間の記録1つだけで
明・顧起元『客座贅語』です。この本はリヴァシーズ『中国が海を支配したとき』(新書館)に訳文で
引用されて居ます。リヴァシーズの本は通俗的なもので、そうとう誤りも多いものですが、
客座贅語を引用した点は評価できると思います。

139 :あやめ:04/03/31 18:10
>>138
情報ありがとうございます。早速「客座贅語」を調べました。
「寶船廠」の項に次の記述があります。
「今城(南京城)の西北に寶船廠有り、永楽三年三月に太監の鄭和等に命じ、賞を行ひ
古里・滿剌の諸國に賜ふ、官校・旗軍・勇士・士民・買辦・書手を通計するに共に二萬七千
八百七十餘員名、寶船は共に六十三號、大船は長さ四十四丈四尺、闊さ1十八丈、
中船は長さ三十七丈、闊さ1十五丈、經る所の國は曰く占城、曰く瓜哇、曰く舊港、
曰く暹羅、曰く滿剌伽、曰く阿(柯の誤写)枝、曰く古俚、曰く黎伐(代の誤写)、曰く
南渤里、曰く錫蘭、曰く裸形、曰く溜山、曰く忽魯謨斯、曰く啞魯、曰く蘇門答剌、
曰く那孤兒、曰く小葛蘭、曰く祖法兒、曰く吸(榜の誤写?)葛剌、曰く天方、曰く
阿丹なり、和等は歸りて二寺を建つ、一に静海と曰ひ、一に寧海と曰ふ、案ずるに
此の一役は漢の張騫・常惠等の西域を鑿空せるに視(くら)ぶるも、尤(こと)に險遠と
爲す、此れより後に員外の陳誠は出て西域に使す、亦た以て博望(張騫の封侯号)に
駕するに足る、然れども未だ和等の滄溟に泛ぶこと數萬里にして、遍く二十餘國を
歴る者の如きは有らざる也」    (続きます)

140 :あやめ:04/03/31 18:13
(「寶船廠」の続きです)
「當時に至る所の夷俗と土産諸物の何似(いかなる)かを知らず、舊く册は兵部の
職方に在りと傳ふ、成化中に中旨にて下西洋の故事を咨訪す、劉忠宣公大夏は郎中
爲り、取りて之を焚く、載す所は必ず恢詭譎怪多く、耳目の表に遼絶する者ならんと
意(おも)ひしなり、(鄭和が)徴する所の方物も亦た必ず蒟醤・卭杖・蒲桃・塗林・大鳥卵
の奇に止まらざらん、而れども『星槎勝覧』の紀纂は寂寥にして考驗す可きもの無し、
後世の奇を愛すること司馬子長(司馬遷)の如き者有ら使むるも、復た紀す可き無し、
惜しい哉、其の取寶を以て名と爲し、而して周官の王會の義に審せざるを以てなる哉、
或ひは曰く『寶船の役は、時に建文帝は海上諸國に入りしと謂ふ者有り、此に假りて
之を踪跡す』と、若し然らば則なはち聖意は愈すます淵遠なり矣」
「客座贅語」の著者の顧起元は明代末期に吏部左侍郎まで昇っていますが、税務・
財政・漕運などに精しく、また江寧(今の南京市)出身で南京の故実に造詣の深い人です。
彼は下西洋の公文書が失われたことを残念がっていますが、他面では海外の珍奇な
産物を齎すことが事業の主眼になってしまい、王化によって四方の遠夷を賓服させる
本来の宏謨が見失われていることを批判しているようです。

141 :あやめ:04/03/31 19:50
先日>>110のレスを叔父に読ませたところ、次のように語っていました。
「この絵がアフリカのジラフで永楽帝に貢進された物だという誤解は、実は
ずっと以前からあったものなんだが、現在でも訂正されずにいるんだなぁ、
バズル-デヴィットソンというのが『古代アフリカの発見』という本を書いて、
それを内山という人が邦訳して紀伊国屋書店から出した、当時は植民地化以前の
アフリカの歴史について述べた本は全く無かったと言っていいくらいで、俺は
直ぐ買って読んだ、そこで支那とアフリカの関係についての記述でいくつかの
間違いに気づいたので、出版社を通じて訳者に手紙を送って指摘してやった、
その中で本の冒頭にモノクロ写真で、このフィラデルフィアの麒麟図が載ってて、
アフリカからの貢物だと解説がついてるから、これは絵についてる文章でもって
ベンガルから来たことがはっきりしてると言ってやった、他には支那の文献に
インドのフ-チャ-ラという地名が出てくると書いてあった、これは『諸蕃志』の
胡茶辣でグジャラートのことだろうと判った、その外にも幾つかあったが忘れた、
そしたら訳者から葉書で礼状が来て、自分も原著に間違いを発見したので著者に
手紙を出すつもりでいる、もし再刊することがあれば訂正すると言ってきた。
実際に数年後に再版が出たのを本屋で見かけたから、問題の箇所をチェックしたら、
訳注の形で俺の名を挙げて、御指摘を受けたので今回その旨を付記しますという
断り書きが付いていたよ」

142 :あやめ:04/03/31 20:01
叔父の話を聞いた晩に「古代アフリカの発見」をググってみましたら、
邦訳の出版は昭和36年でした。翌日また叔父に「この本出て直ぐに
訳者に手紙出したの?」「おおそうだよ」「とすると40年くらいも
昔よね、叔父さん30歳になったかならないぐらいの年齢じゃないの」
「そんなもんだったろう」やはり叔父は凄い!

143 :世界@名無史さん:04/04/05 23:03
めちゃくちゃなとこがあるんで作者に説明してほしいくらいだ。
小学生でも間違ってると思えるような事を堂々と唱えられると、
なにか確信する根拠があるのかと深読みしてしまう。

144 :世界@名無史さん:04/04/12 01:49
関連過去ログ
南海大遠征 (50)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/993/993921865.html

145 :世界@名無史さん:04/04/12 01:54
マゼランの船でできるなら鄭和の船でもできそうだ。>世界一周

146 :世界@名無史さん:04/04/12 02:06
来週の世界ふしぎ発見はこの特集だとよ。よかったな

147 :世界@名無史さん:04/04/12 22:55
船体の残骸とか上陸記念碑とか映像で紹介されたら神降臨

148 :世界@名無史さん:04/04/12 23:03
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/info.html

149 :世界@名無史さん:04/04/13 08:42
不思議発見は、ときどきトンデモ本をネタに使うよな。
週一の放送やってると、不思議のネタ探しも大変なんだろう。

150 :世界@名無史さん:04/04/13 13:07
少なくとも2chをネタにするよかマシだわな

151 :世界@名無史さん:04/04/13 23:46
あの番組は2ちゃんでネタ探ししてるんじゃねーか?

152 :世界@名無史さん:04/04/17 19:22
さて、ここでクエスチョンです

153 :世界@名無史さん:04/04/17 19:33
>世界不思議発見
うむ、この様子だとネタ切れでムー大陸ネタを取り上げるのも時間の問題だなw

154 :世界@名無史さん:04/04/17 20:23
>>149
神々の指紋も垂れ流しだったしね。

155 :世界@名無史さん:04/04/17 20:54
もうすぐ始まる
さあどうやって紹介するか見ものだ

156 :世界@名無史さん:04/04/17 21:06
アメリカのニューポートにテイワの艦隊が到達したんだって!!!!何ということだ!!
大発見だ!!
1421
>世界不思議発見

157 :世界@名無史さん:04/04/17 21:16
元の時代の地図を明の地図といったり・・・
やれやれ・・・少林サッカーでもみるか

158 :世界@名無史さん:04/04/17 21:17
剛引な解釈のせいで
Wを付けるの忘れてしまったではないか(欝

159 :世界@名無史さん:04/04/17 21:23
香ばしい電波だな・・・

160 :世界@名無史さん:04/04/17 21:29
胡散臭いですね
米=中国とか

161 :世界@名無史さん:04/04/17 21:40
あいかわらずデンパ発見だな。
バハマのやつだって、まわりには石灰岩(方解石)だらけなのに
「存在しない」とかウソついてるし。

162 :世界@名無史さん:04/04/17 21:51
世界の人々

http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/sekaijinbutsu/

163 :世界@名無史さん:04/04/17 21:53
でもまあちょっと面白かった。

164 :146:04/04/17 22:19
自分で書いといて見忘れた!!(w

165 :世界@名無史さん:04/04/17 22:25
大型のナマケモノ、なんて名前?

166 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/04/17 22:28
>>165
ミロドンと言っていませんでしたか。もっともこれは比較的後の時代まで生
き残っていた小型(それでも約3m)の種類でしたが。

167 :世界@名無史さん:04/04/17 22:41
おれその本買おうっと。

168 :世界@名無史さん:04/04/18 00:09
中国の皿が見つかった!
中国のお花が咲いてる!
でも最も期待していた中国の船は発掘中。
本の出版に合わせて騒いで続報はなしか?船発掘も宣伝パホーマンスか

169 :世界@名無史さん:04/04/18 00:37
>>168
近くにオーストラリアのユーカリも育ってたし・・

170 :素人ですまん:04/04/18 00:51
 番組中で、コロンブスは死ぬまで自分は中国に着いたと信じていたと
語っていたけど、インドの間違いじゃ無いの ?

 大西洋を横断してインドに着いたと思ったから、アメリカ大陸の
原住民をインディアン = インド人と呼んでいたとばかり思っていた
んですが…。

171 :世界@名無史さん:04/04/18 02:52
どんな放送だったんだ?

172 : :04/04/18 02:54
今日の不思議発見 見ました。私は歴史好きですが、歴史に詳しくなくても
・喜望峰 回ったなら なんでヨーロッパに寄らなかったねん
・北極海の沿岸を帆船で通ったら流氷に押しつぶされて粉々じゃないの?
という疑問くらいすぐに思いつくと思うのですが、この本を評価する人は
そういうことも思いつかないのでしょうか?

173 :世界@名無史さん:04/04/18 02:56
>>170

元のカアンへの手紙を持っていったとはいうよね

174 :世界@名無史さん:04/04/18 05:15
>>172
お前が疑問に思うことぐらい、この元潜水艦艦長が考えないわけないだろw

>・喜望峰 回ったなら なんでヨーロッパに寄らなかったねん
地図帳で海流を見ろよ、歴史好きさんw歴史以外は苦手かね?

>・北極海の沿岸を帆船で通ったら流氷に押しつぶされて粉々じゃないの?
1421年当時の地軸は現在の位置よりずれていた。その為叢氷および流氷の
南限と北限がそれぞれ南へ三度四十分移動していた(大西洋において)。
よって現在のグリーンランド付近を周回することも可能だったとしている。
それに鄭和の宝船は全長百数十メートルもの巨艦。ちょっとやそっとの
流氷で潰されるわけねー(w。>>70のリンク先を見ろ。

ただ、今日の不思議発見は物足りなかったな。あんまり金かけてない感じ。
ギャビンのおっさんに出てもらっただけ良しとするか。ここはひとつ
ディスカバリーチャンネルあたりに、1421のまともなドキュメンタリーを
作ってもらいたいもんだ(ていう〜か、まぁ作っているんだろうけどさ)。


175 :世界@名無史さん:04/04/18 09:14
ディスカバリーチャンネルはまともだから、鄭和の番組を作るのなら中国の鄭氏会か
台湾の研究者か寺田隆信先生に話を聞きに行くんじゃないかな。
ギャビンの説なんかには洟も引っ掛けないと思うよ。ギャビンみたいな根拠となる史料が皆無のお話を
信じ込めるのは、TBSみたいな歴史に疎い(正月番組の歴史は繰り返すは酷かった)
放送局だけだと思う。

176 :世界@名無史さん:04/04/18 09:52
流氷は全長数キロにも及ぶ事があるんだけど。。。

177 :世界@名無史さん:04/04/18 10:19
ディスカバリー・チャンネルがまともなんて言ってる人がいる・・

178 :世界@名無史さん:04/04/18 10:27
そういえば「鄭和」の名前が全く登場しなかったな。
永楽帝だけ登場したけれど。

179 :世界@名無史さん:04/04/18 12:20
>>174
>南限と北限がそれぞれ南へ三度四十分移動していた(大西洋において)。
大西洋においてとまでは言ってないんじゃ?まーそう解釈するしかないんだろうけど。
なにしろ三五六ページ、「赤道は当時、南緯三度四〇分の位置にあったと思われる」
だもんなー

180 :世界@名無史さん:04/04/18 12:59
>>178
出てきたよ、普通に。

181 :世界@名無史さん:04/04/18 13:00
「ていわ」「ていか」、どっちの読み方もあるんだろうけど
個人的には「ていか」の方がしっくりくる。

182 :世界@名無史さん:04/04/18 13:18
>>175
 正直、「古代」の検証みたいな論拠しかなかったのはガッカリだった。
遺跡の構成物に米が含まれていたとか、中国産の植物が繁殖していたとか。
 コロンブスたちと 70 年程度の時差しか無かったのなら、もう少し文化史料
的な証拠があっても良さそうと思うんですが…。

 各種地図についても、それらを中国と関連つける要素が全くなかったような
気がするんですが。

183 :世界@名無史さん:04/04/18 15:43
イギリスやアメリカやロシアといった諜報組織の発達した国では
諜報機関が興味を引く捏造情報を流して、そこの予算・人を無駄遣いさせる技をもってます
南海大遠征アメリカ到達説はたぶんそれに近いものだと考える

184 :世界@名無史さん:04/04/18 15:59
TBS「世界不思議発見!」放映で「1421」を知ったのだが(未読)
鄭和の航海に参加した人達は男性のみ、あるいは、家族単位?
異国の地で永住をよぎなくされたのなら、多少は原住民との混血
もありえるのでは。中国人達が辿りついたとされる地域の人達の
DNA調査はしたのかな? 混血は認められず=「1421」説は嘘、
って訳でもないだろうけど…
以前、日系ブラジル人にきいた話だが、日系ブラジル人は家族単
位での移住が大半だったので混血率も低くて日本的文化も比較的
残っているようだ(現在30歳代半ば位以下は混血率が上昇)日系
ペルー人は独身男性が単身での移住が大半だったので日系ブラジ
ル人とは逆のパターン。
 

185 :世界@名無史さん:04/04/18 22:13
番組に登場したカリフォルニア版「万里の長城」、
土地の人も存在に気づかなかったと言っていたが本当かいな?
本のほうでは所在地を明言していますかね?

186 :世界@名無史さん:04/04/20 04:42
>>174
アフリカ大陸ぞいに北上するほうが自然だけど
アフリカ大陸に飽きて直接明国へ帰ろうとしたのかな?

ケツャルコアトルは中国人かな?
東から来て必ず戻ってくると言い残して東へ帰っていった?

187 :世界@名無史さん:04/04/21 22:56
>185
サンフランシスコから内陸に入った丘陵地じゃなかったっけ。

188 :世界@名無史さん:04/04/25 23:05
ミロドンについて7スパンっていって
一スパンはいっぱいに広げた手の親指から小指までの長さってことは
おそらくこのスパンって英スパンの23センチほどだと思う
ということは7スパンって161センチほど?なのに
なぜか人間の背丈の倍ある巨大な生物ってことになっててなんでだ?

189 :世界@名無史さん:04/04/25 23:08
あるいは時代によって単位に長短あるとか?

190 :世界@名無史さん:04/04/26 00:07
元寇の船が流れて南米大陸に着いたという説もあるとか

191 :世界@名無史さん:04/04/26 10:45
>>189
144ページで「一スパンは、いっぱいに広げた手の親指の先から
小指の先までの長さ」と定義しているし
「この野生の獣の体は七スパンにも達する」としている。
で、著者はこの生物にあたる生物を探し博物館に電話してるがその時点ですでに
「わたしが探しているのは、人間の背丈の倍もある巨大な生物なのです」
と言っている。
で、ミロドンについて、
「体長は三メートルか、それ以上にも達した」と聞き出している。
七スパンとの情報しかなかった時点で、
なぜかミロドンの体長に合わせたかのような巨大な生物を探している。
一六一センチの生物を探していたはずなのに、三メートル以上の生物として探している。
まーとにかくミロドンという結論にしようとしたんだろうなーと思います。

192 :189:04/04/26 22:02
なるほどサンクスコ。
ミロドンの話は「世界・ふしぎ発見!」でも触れていたね。
やっぱり苦しいものがありますな・・・

193 :世界@名無史さん:04/04/29 19:15
「第四の選択」「神々の指紋」「アポロは月へ行ってなかった」など、
米英では真顔で嘘をつくというジョーク文化があるので
「1421」もノンフィクションと言いつつ真顔で嘘を付くジョークだろう

194 :世界@名無史さん:04/05/04 04:41
age

195 :世界@名無史さん:04/05/04 06:20
ここにも来てちょ⊂(´∀`⊂⌒`つ≡≡――――――
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1083604693/l50

196 :世界@名無史さん:04/05/04 07:00
中国の古代文明も古代文明だから古代文明はアトランティスだからいいかもね

197 :世界@名無史さん:04/05/04 07:11
なんか、寂れたスレの方に書いちゃったからコピペ。

三宝太監鄭和は、永楽3年(1405)から宣徳8年(1433)の29年間に
7回の航海に出ているわけだが、準備期間等を含めて考えると
世界一周をする時間は無い。
ま、アフリカ東海岸が限界だろ。
ちなみに、問題の永楽19年(1421)には6度目の航海があったが、
通商が主な目的の短期航海で、翌20年8月には中国に帰っている。

198 :世界@名無史さん:04/05/04 07:19
このあいだアメリカで『1421 中国が世界を発見した年』の英語版を読んだよ。立ち読みだけど。
本屋で普通に売ってた。

ガマもびっくり。

199 :世界@名無史さん:04/05/04 19:46
マゼランも腰抜かす

200 :世界@名無史さん:04/05/04 21:49
世界も仰天の鄭和様が200ゲット

201 :waza_fire:04/05/04 22:33
200ゲトできなくてショーク(つД`)

202 :世界@名無史さん:04/05/05 10:25
別に全部を鄭和艦隊に結び付けなくてもいいと思うんだけど・・・・
たしか元も海運に力入れてなかった?
昔から漂流者とかたくさん居ただろうし。

203 :世界@名無史さん:04/05/05 14:07
>準備期間等を含めて考えると
世界一周をする時間は無い

鄭和が全て国家予算で作ったのでなく、
華僑の船を徴発したという可能性は無いの?
行き先も既に華僑の往来する定期航路があった土地だったとか?

204 :世界@名無史さん:04/05/06 00:04
船の大きさは探検大航海には向かないかも知れない。
というのは、船底が深くなると座礁の危険がアップしそうだから。
たしかキャプテンクックも座礁を恐れ、
船底の浅い石炭輸送船だっけかを探検用に用いたんだっけか

205 :世界@名無史さん:04/05/08 00:16
ジャンクは平底で河川航行にも強いんだったっけね。

206 :世界@名無史さん:04/05/08 23:21
ジャンクって速いの?

207 :世界@名無史さん:04/05/09 20:59
ジャンクフードと関係有るの?

208 :世界@名無史さん:04/05/09 23:25
junkってゴミとかくずとかヘロインとかの意味があるし
ヘロイン中毒者をジャンキーというのはそのせいだろけど
junkって中国の帆船ってのはアヘン戦争でアヘンに関わってジャンク?
中国船はゴミくずのようにアヘン戦争で木っ端みじんってことでジャンク?
ジャンクフードってごみくずみたいな飯って意味じゃなくて
中毒性が高い飯ってことか?

209 :世界@名無史さん:04/05/10 02:31
昨日買ってきて読んでるんだけどさ、
著者の艦長は地理学会に所属してるみたいね。
そこでどんな扱いうけてるんだろう?聞いてみたいね。

それとさ、潜水艦艦長時代、ソナー使って宝船探したって・・・いいのかそれで?

・・・壮大なネタ企画な気がしてならない

210 :世界@名無史さん:04/05/10 21:01
この本はわざとめちゃくちゃな説を唱え、
あたかも鄭和の航海すべてが怪しいものであるかのように見せかけ、
アメリカ到達どころか、ほかの鄭和の航海、アフリカ到達や豪州到達までをも
怪しいものに見せようという陰謀じゃないか

211 :世界@名無史さん:04/05/13 02:38
>>209
退役海軍将校ってのはアマチュア歴史研究家+考古学者の中に多くいるそうで。
そういえばムー大陸を提唱した、かのジェームズ・チャーチワード閣下も英国海軍・・・

212 :世界@名無史さん:04/05/13 02:59
現役中は魚雷を発射!
退役後は電波を放射!
メンジーズ艦長!次の目標はカルタゴのハンノあたりいかがですか!

213 :世界@名無史さん:04/05/13 12:40
ソナーで木造沈没船わかるもんなの?
木の船が沈むって不思議。木の船なんだから浮かぶんじゃないか

214 :世界@名無史さん:04/05/13 23:11
破片は浮くでしょうけど、船体の形を留めたままだとかなりの重量なので沈むのでは。

215 :世界@名無史さん:04/05/13 23:18
水が入ったら普通沈みますけど。
それにバラストやら船具やら積荷で重くなってるし。

216 :世界@名無史さん:04/05/14 01:10
水より重い物をたくさん積んでない限り浮くでしょ。

217 :世界@名無史さん:04/05/14 01:30
>216
長時間水に浸かってる木は水を吸い込んで重くなっています。
そのため比重が重くなり木も水に沈みます。
船はやはりバラストやら船具や積荷があるから木造船でも
水が入ったら沈みます。

218 :世界@名無史さん:04/05/14 02:25
現地人にとってみれば(ry

219 :世界@名無史さん:04/05/15 23:09
ふしぎ発見1421の回と同様、レポーター竹内かなえだったし回答者にUターン土屋だったんで
一月毎にたけうちかなえと回答者土屋

220 :世界@名無史さん:04/05/17 07:49
1402年の朝鮮製で京都にある混一疆理歴代国都之図にアフリカ南端が描かれているってあるけど
てことは鄭和の航海以前にアフリカ周航が存在したってことか? 

221 :世界@名無史さん:04/05/17 16:19
アフリカ周航の伝説なんざ、ヘロドトスから記述があるぞ。

222 :世界@名無史さん:04/05/17 18:46
ネコ船団?

223 :世界@名無史さん:04/05/17 20:06
>>186
>ケツャルコアトルは中国人かな?

そう考えると面白いね。新しい歴史観が得られそうw
ケツァルコアトルは白人だそうだけど、中国人のようなモンゴロイドも
アステカ人には(同じモンゴロイドにせよ)”白人”に見えたかな?

224 :世界@名無史さん:04/05/17 21:06
>>223
「梁書」に登場する僧、慧深とかモナー

225 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/05/17 21:33
>>220
いや、昔の地図は未踏地域は適当に想像や伝承に基づいて描かれ
ていた(というか他に描きようがない)ので、喜望峰が存在するという
考えを採れば喜望峰が描かれ、インド洋と大西洋は遮断されている
という考えに基づいた地図なら描かれない、という事。

>>223
ケツァルコアトルは髭モジャだぞ。

226 :世界@名無史さん:04/05/17 21:35
一疆理歴代国都之図はヘロドトスによる地図のコピーだった

227 :世界@名無史さん:04/05/18 07:39
>>225
いや、鄭和説自体で一疆理歴代国都之図についてどういってんのかなと。
ふしぎ発見「1421」の回では、
「鄭和たちがかいたという世界地図、それをもとにして作られた地図」
とレポーターが一疆理歴代国都之図を紹介している。

228 :世界@名無史さん:04/05/19 06:17
>>223-224
徐福もありえる
ケツァルコアトルもビラコチャも天御中主も天照もスサノオも少彦名も檀君もみんな中国人だね

229 :世界@名無史さん:04/05/19 07:07
まあ黄帝は西域からきた白人なんだけど(w

230 :世界@名無史さん:04/05/19 12:44
当時、アフリカまで到達していただけでも十分凄いと思う。
そう言えば、マダガスカルにマレー系の人がいるけど、彼等はコンチキ号みたいな感じで、筏か何かに乗って移動してたのかな?

231 :世界@名無史さん:04/05/20 11:05
日本軍潜水艦がマダガスカルまで行ってたことの方がオドロキだ

232 :世界@名無史さん:04/05/20 18:36
戎克

233 :世界@名無史さん:04/05/22 11:06
>>230
「シンハラ語オーストロネシア語族説」があるくらいなので、
インド洋を一気に渡ったのではなく、スリランカやモルジブを中継地に伝って
西へ渡ったのかも。
セイシェルやモーリシャスには(白人の到来以前は)アラブ人が立ち寄った以外は
インドネシア系集団が生活した形跡は今のところ見付かっていない様子。

234 :世界@名無史さん:04/05/22 14:02
そう言えば縄文人が南米に到達してたとか言う話はどうなったの?
アレからニュースに出ないような気がするけど。

235 :世界@名無史さん:04/05/22 23:04
111ぺーじ、
一八四七年にバルトロメウ・ディアスが喜望峰を回航する三〇年前に、
ってあるけど一四八七年の間違いだな。
これって英語版のミスかな。和訳版のミスかな。どっちだろう。

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