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【帝国主義】ヴィクトリア朝時代【大英帝国】

1 :世界@名無史さん:04/01/16 17:32
ヴィクトリア朝時代とは、いわゆるヴィクトリア女王の治世の通称であり、
正式にはハノーバー朝の一部にすぎない、しかし、この時代、産業革命により
イギリスは最盛期を迎え「世界の工場」であり、「日の没しない国」だった。
そして、多くの国は、この国のなかば自然発生的な産業革命を、意図的に
試みた。また帝国主義の発展により多くの国々に影響を与えたことも、
事実だろう。故に語ることも多かろうと思い、ヴィクトリア朝時代スレを
打ち立てた。ここに我が国の威信と名誉と栄光を書き込もう。

2 :世界@名無史さん:04/01/16 18:05
特に、ヴィクトリア朝の繁栄期といわれるのが1851(50)−73年。

3 :世界@名無史さん:04/01/16 20:28
ヴィクトリア朝では、
まだ英国国教会の信徒以外の人間(カトリック、ルター派など)は差別されてたんだよね?
オックスブリッジへの入学を希望しても拒否されたとか。

4 :世界@名無史さん:04/01/16 22:42

ダイエー帝国の落日


5 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/17 07:07
>>3
カトリック教徒解放(Catholic Emancipation)のひとつで、
1871年に大学審査法(University Test Act)が成立してようやくで入学できるようになった。
審査法よりあとで、大学審査法自体はなかなか成立しなかった。

6 :世界@名無史さん:04/01/17 09:36
「二つの国民」というよりも「三つの国民」がいた時代。

7 :世界@名無史さん:04/01/17 18:45
>>6
「三つの国民」って何よ?

8 :世界@名無史さん:04/01/18 06:53
貴族階級と中産階級と労働者階級


9 :世界@名無史さん:04/01/18 09:23
ヴィクトリア朝は「旧式な,型苦しい,上品ぶった,偽善的な」時代

10 :世界@名無史さん:04/01/18 16:05
>>1は白人崇拝者のブタ男

11 :世界@名無史さん:04/01/18 18:34
ヴィクトリア朝時代、
宣教師は海外でどんな活動をしてたんだろうか・・・

12 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/18 19:20
二つの国民・三つの階級の方が一般的な歴史書の言い回し、ただ、三階級を
どう分けるのかはさまざま。
上流階級・ホワイトカラー・ブルーカラー
上流階級・中流階級・下層(労働者)階級
地主・資本家・労働者

パトリック・コフーンの「大英帝国の財力・権力・資源について」(1814)だと、
7等級+将校の8つに分類している。いずれにしても職業と分業の確立等に基づいて
分化が生じている。

13 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/18 19:36
上流階級・中流階級・下層(労働者)階級

上流階級(貴族階級+ジェントリ)、
貴族でおよそ1万ポンド、平均的なジェントリで年収が3000ポンド、最低でも
1000ポンド投資や地代から入る収入なので、働かなくても入ってくる人々。

中流階級(ブルジョアジー+専門職)
平均には300ポンドで、1000ポンドの収入を越えるものもいた。
最低でも100ポンドに達した。ブルジョアジーは、経営による収入で、その経営の
規模や状況によって大きく変動しやすいく、このためばらつきは大きい。とはいえ、
ヴィクトリア朝時代の繁栄期には、下層のジェントリより年収が上回ることもあり、
この時代を代表する階級層。

労働者階級
週給で20−30シリング。60−80ポンド。
労働貴族、熟練労働者ともなれば週給30−40シリング。年収80−100ポンド。
貧困層は年収で50ポンドにも満たない。

と以外と同じ階級でも幅が大きい。現代の日本に当てはめてみて1ポンド=?円など
考えてもどれもしっくりこない。ただ言えることは、中流階級といっても全体の
たかだか20%前後を占めるに過ぎない。上流階級が2,3%だから、80%弱が
労働者階級に属している。中流という名称は、誤解を生じやすい。
ちなみにこの数字は「大英帝国 最盛期イギリスの社会史」長島伸一から出典。

14 :世界@名無史さん:04/01/18 23:26
>>13
中産階級に多い職業はどんなもの?

15 :世界@名無史さん:04/01/19 00:08
》14
ビッチなんかが中三階級の子女の間でははやっていようです。
ある意味、現代日本と似た現象ですね。


16 :世界@名無史さん:04/01/19 00:21
リヴィングストンは、南アフリカへ宣教に行ったが、探検家になってしまった。

17 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/19 20:42
中流階級ないし中産階級は、
工場制手工業から機械制大工業にわたる経営に携わる産業資本家
18世紀後半から本格的に登場した銀行業などの金融業者
外国植民地などとのやりとりから貿易業者
百貨店の登場にみられる卸売業者・小売り業者
鉄道網の拡充にみられる運輸業
土地所有者から農地を借りて、農業労働者を雇い農業経営を行う農業資本家
といた分野。現在の日本の会社の経営者・経営陣といったところか?。

専門職は知的専門職で
弁護士、医師、聖職者、士官、土木・機械技師、建築家、測量士、会計士などの職種。
現在の日本では資格や試験を受けないとなれないような職種が多い。

これらの階級は、財産を持ち収入を得て、万が一財産をたたれても貯えで生きていける
ゆとりと安定を持った階級で、個人主義的で上下の階級の緩衝材として体制の流れに
身を任せ順応していくような階級だった。

あと、忘れてならないのは、人口比でいえば、ほとんどゼロに違いが、官僚たちで、
省庁局長クラスで2500ポンド弱、インドの植民地の局長の方がやや高くて
2800−4000ポンドだから、高級官僚も、上流階級の下層に位置したのだろう。

18 :世界@名無史さん:04/01/20 10:00
マルタ島を足かがりにしてオリエントへ進出しようとこころみるが、東方正教会らの警戒を招く。

19 :世界@名無史さん:04/01/20 12:58
>>18
アフリカとかのほうが布教はやりやすかったのかもね。

20 :世界@名無史さん:04/01/20 13:34
布教活動の範囲を広めようと、奥地に入り込み、いろんなものを発見。
女王陛下にちなんで、ヴィクトリア湖と命名してみたり、ヴィクトリア滝と命名してみたり。

21 :世界@名無史さん:04/01/20 20:23
一言で言えば、中産階級は、カーライルの言う「働く貴族」。

22 :世界@名無史さん:04/01/21 17:44
犯罪者を流刑にしてアメリカに送っていた、アメリカが独立してしまって、流刑先
がないからオーストリアを流刑先にする。ついでに宣教師達もついて行っただろう。

23 :世界@名無史さん:04/01/21 22:57
メイドスレの隣にあるのがいとあはれ。

24 :世界@名無史さん:04/01/22 00:35
「ピアノレッスン」もそんな感じの内容だったような??
あれは流刑じゃなくて移民と移民先へ嫁ぐ話だけど。

25 :世界@名無史さん:04/01/22 09:47
「シドニー通信」の影響と、51年からはじまるゴールド・ラッシュの影響で、ぞくぞく
オーストラリアへ。50年代で毎年25万人を越える人間が移住。

26 :世界@名無史さん:04/01/22 10:03
岩倉遣欧使節団は、アメリカ滞在が大幅に伸びてやっとイギリスに着いたら、
ヴィクトリア女王は長期の夏期休暇に入っていた。
そんじゃしょうがねぇと、女王に謁見できるまでの半年間イングランドの
工場や博物館や大学や議会やらを見学しまくった。

27 :世界@名無史さん:04/01/22 10:32
「日本人、メイドに出会う」。

28 :世界@名無史さん:04/01/22 11:33
日本人、冥途で出会う。 ・・・・・・

29 :世界@名無史さん:04/01/22 11:47
こうして、メイド文化が日本に入ってきたのでつね。

30 :世界@名無史さん:04/01/22 12:00
>>16
スタンリーは音信不通になったリビングストンを探しにコンゴに行ったが探検家になってしまった。

31 :世界@名無史さん:04/01/22 15:42
1891年ウインザー城
パデレフスキの演奏は実に驚異的なものだった。何という力、何という繊細な感受性。
彼はアントン・ルビンシュテインに並ぶ芸術家であると私には思われる。

32 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

33 :世界@名無史さん:04/01/22 21:08
猿と云えば、ダーウィンの「種の起源」もヴィクトリア時代だったな。
女王様の書評はあるのだろうか。

34 :世界@名無史さん:04/01/22 22:22
ダーウィンは萌えるw
父が医師にしようとしてエジンバラ大学に入学させられる。
血を見るのが苦手で、外科手術の実習で卒倒して卒業をあきらめる。

確か当時、ダーウィンに向かってこんなようなジョークがあったような気がする。
「あなたの祖父が猿だったのですか?、曾祖父が猿だったのですか」。

35 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/22 23:50
ダーウィンの祖父も獲得形質遺伝に近い考えを持っていたそうで、著書が焚書
の対象にされたことがあったそうです。

36 :世界@名無史さん:04/01/23 18:16
キリンは高いところにある枝の葉を食べる食べに、首を伸ばし、世代を経る事に徐々に
伸びていったとする獲得形質。まあ、それならみんな天才になっている罠。

37 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/23 22:19
>>22
アメリカの独立運動が高まり、流刑先がなくなり、国内の監獄がいっぱいとなった。そのため
古い軍艦を改造して監獄として使用するため、1776年に「監獄船法」を制定した。
流刑判決を受けた囚人たちは、灰色の囚人服を着せられ、14ポンドの重い足かせをはめられて
監獄船に収監された。この足枷は泳いで脱走する防止対策だった。86年にはオーストラリア
へ流刑するようになった。

38 :世界@名無史さん:04/01/25 06:37
前々から疑問に思ってたけど、流刑先が無くなったら死刑を増やせば一番簡単な解決法だと思ったんだがなあ。
英国人はそれじゃあ野蛮だと思ったのかね。
あと、英国ほど植民地に余裕のないフランス人やドイツ人とかは流刑はどうしてたんだろう?

39 :世界@名無史さん:04/01/25 13:40
裁判官「では、判決を下す。懲役5……ん(監獄が足りない)」
裁判官「ごほん、判決を下す。死刑」
弁護士「裁判官様、窃盗は最高7年の懲役までですが」
裁判官「監獄が足りないのだ。ゆるせよ」
弁護士「ごもっともな判決です」
裁判官「これにて閉廷する」

40 :世界@名無史さん:04/01/25 13:42
江戸時代の日本だと、罪の程度で処刑方法違った。
前近代の中国や欧州もだが。



41 :世界@名無史さん:04/01/25 13:45
監獄足りなきゃ、微罪は鞭打ち刑だな。
ローラースケートで流刑が、この時代よりちょっと前だけどね。

42 :世界@名無史さん:04/01/25 14:00
>>39
リンチでの死亡も多いでしょ

43 :世界@名無史さん:04/01/25 14:02
流刑は好ましくない者を追放するというだけでなく
植民地の維持と確保に必要だったんだろう。
同時代のロシアなんてシベリア送りになったインテリに
奥地を探検させてたりするもんな。

44 :世界@名無史さん:04/01/25 14:13
流刑といってもそれほど刑が重いわけでもない。
「犯罪が増えれば、刑罰を重くすればよい」という主張につながるわな。

45 :世界@名無史さん:04/01/25 19:50
流刑は、中世の追放から来ているのだろうな。

46 :世界@名無史さん:04/01/26 15:14
>>38
囚人が増えたので、監獄を新たに建設するのではなくて、流刑で解決しようとしたの
がイギリス。オーストラリアへの流刑も自由植民者が増えると廃止されてしまった。
送り先がない国は、監獄を新たに建設。

47 :世界@名無史さん:04/01/27 09:44
さー目覚ましにマジレスするかー。亀レスでなんだけどw

>>34
>確か当時、ダーウィンに向かってこんなようなジョークがあったような気がする。
>「あなたの祖父が猿だったのですか?、曾祖父が猿だったのですか」。

これ↓のことかい?だったらダーウィンじゃないし曽祖父じゃないしジョークでもない。

Samuel Wilberforce, a fine bishop but an over-ardent controversialist, went
beyond the scientific arguments in which he had been briefed to refute
evolution by sarcasm, asking Huxley "was it through his grandfather or
his grandmother that he claimed his decent from a monkey?" Huxley's reply
was simple but devastating: "He was not ashamed to have a monkey for his
ancestor; but he would be ashamed to be connected with a man who used great
gifts to obscure the truth." The audience (largely clerical)applauded.
(Josef L. Altholz, 'The Warfare of Conscience with Theology', in The Mind
and Art of Victorian England, ed. Altholz, pp.70-71)

今書いてて気づいたがgiftsってところにハクスリーの結局根強かった宗教心を
見るべきなんだろうか。

>>35-36
山野さん時々アバウトなことすごくもっともらしく言いますねw。いや別にいいけどさ。
ダーウィンの爺さんは進化論の先駆者だけど生物学者じゃなくて地質学者。
それと形質は獲得されるというのはダーウィン説じゃなくてラマルク説。

48 :世界@名無史さん:04/01/27 10:53
オーストラリアで人間ハンティングは
やってたぞ。死刑にはしなくても。

49 :世界@名無史さん:04/01/27 14:17
エラズマス・ダーウィン(1731−1802)
名医と評判だった。植物園も持っていたし、さまざまな機械を発明したり、
「ルーナー・ソサエティ」に参加したり、いろいろ手広い人だった。

チャールズ・ダーウィン(1809−82)の母スザンナはジョサイア・ウェジウッドの娘。

50 :世界@名無史さん:04/01/27 18:09
ヴィクトリア朝といえば、「クリミアの天使」ナイチンゲールだな。

51 :世界@名無史さん:04/01/28 12:50
イギリス金髪美女のエロ画像(;´Д`)ハアハア

http://www.masochist.com/reddoor/gonta/image/gonta17.jpg
http://www.masochist.com/reddoor/gonta/image/gonta18.jpg
http://www.masochist.com/reddoor/gonta/image/gonta19.jpg


52 :世界@名無史さん:04/01/28 17:34
そういえば、約一匹嫌英厨がいるな。留学でも失敗したのかw

53 :世界@名無史さん:04/01/28 18:34
ナイチンゲールの偉大さは、「白衣」と「白いナースキャップ」という
重要アイテムを決定的にしたことであるといえよう。うむ。

54 :世界@名無史さん:04/01/28 18:45
清潔な病院と環境という、衛生医学に注目し、また初歩的とはいえ
統計的な考えを持っていた進歩的な女性だった。

55 :世界@名無史さん:04/01/28 20:14
セヴァストポリでコレラが蔓延し,冬の寒さも重なって,
ロシア軍の砲弾による死者の数を上回った。

56 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/01/28 22:13
徴兵官が田舎の裁判所を巡り、入隊しないと流刑になるような犯罪者を軍に
ひきぬいていました。1830年代で一人入隊さえると15シリングの手数料
が得られたそうです。入隊の見込みのある人間は、口でたぶらかして酔わせて、
すきをみて1シリングの支度金を渡してしまうことで、酔いが覚めたときには、
入隊するしかないという状況を作り上げていたそうです。

57 :世界@名無史さん:04/01/28 23:39
そういえば、親英廚のブタが一匹いたな。オカマでも掘られたかw

58 :世界@名無史さん:04/01/29 00:00
>>57
ブタ>>1は在日だと判明済み

59 :世界@名無史さん:04/01/30 15:02
>>49
植物園がどの程度のものか知らないけれど、
当時の医者はハーバリストだから薬草園は普通に持っている。
当時の科学者が何でも手広くやるのも普通。
で、歴史上のこの人の重要性は、地球の形成について進化論的モデルを出したこと。

60 :世界@名無史さん:04/01/30 18:09
英国崇拝する奴等って頭可笑しいんじゃねぇの?あんなダサい国の何が良くて
崇拝なんかしてんだよwあいつらブリ糞ティッシュどもはアメリカの犬
同様なんだぜ?それがかっこいいか?w

61 :世界@名無史さん:04/01/30 19:15
ヴィクトリア朝時代の最大の発明は、「メイド服」だな。

62 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

63 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

64 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

65 :世界@名無史さん:04/02/08 19:48
パラドックスのVicotiraはなかなか面白いよ。

66 :世界@名無史さん:04/02/11 22:48
>>1
意気込んでスレ立てたなら糞の掃除くらいしろや。

67 :世界@名無史さん:04/02/27 13:49
ブタ男のオナニースレ キモ……

68 :世界@名無史さん:04/03/18 13:31
予算て゛住宅建設推進
地方の緑大丈夫か

69 :ヴィクトリア女王:04/03/31 06:33
ブサイクな赤ん坊には虫酸が走る

70 :世界@名無史さん:04/03/31 07:50
スモッグの街、ロンドン。
漱石も、吐く痰が黒かったと日記に付けている。

71 :世界@名無史さん:04/03/31 16:46
ヴィクトリア朝のころの法律で、女の子の結婚可能年齢っていくつか分かりますか?


72 :世界@名無史さん:04/03/31 22:54
普通なら16歳ぐらい・・

もしや13歳?
ポーが13歳の少女と結婚してますな。

73 :世界@名無史さん:04/03/31 23:00
マッチ売りの少女
 は、実は少女娼婦だったのですよね。
明治に制定の日本刑法の法定強姦13歳未満はその時代の名残

74 :世界@名無史さん:04/04/01 21:00
>>73
マッチ売りの少女が売春婦??「本当は恐ろしいグリム童話」
とかの読みすぎ???マッチ売りの少女は創作童話だから
そんな設定があったらおかしいと思います。

75 :世界@名無史さん:04/04/01 21:43
>この国のなかば自然発生的な産業革命を

>>1よ、これはもう否定されておる。スッコンデロ

76 :世界@名無史さん:04/04/02 00:06
マッチ売りの処女のモデルは実は1850年のコペンハーゲン市・住吉区1丁目ー3ー43に実在した10歳の少女クリスティー・クリステンセンちゃんです。
彼女は7歳の頃から実の父親に強要され辻に立ち春をひさぐ身になってしまったのです。
しかし、彼女の父親は彼女が12歳の時に警察に逮捕されてしまいました。
仕方なく、彼女が一人で街に立っていたある冬の日にショボい中年の男性に誘われました。
彼女はお金のためにその男についていきました。
男は彼女の身のうえを聞いて自分のロリコンは棚に上げ、彼女の父親の悪行に怒りました。
男はこのような悲劇は2度と起こしてはならないと考え、「マッチ売りの少女」という童話を執筆したそうです。もちろん、彼自分のロリコンのことはお咎め無しですが。
ところで、かわいそうなクリスティーちゃんはその後、どうなったのでしょう?
コペンハーゲン市の記録によれば、彼女は1859年、19歳の時にオランダはアムステルダムに引っ越したようです。
さらに私がアムステルダム市の記録を調べたところ、彼女は26歳までアムステルダムでいわゆる「飾り窓」で働いていたようです。
何故、このような事が分かったかというと、アムステルダム市では売春は合法であり、
市内の売春婦は市に登録する義務(と納税する義務も)があるからなのです。
さて、話を戻します。
続きですが、彼女は27歳の時に42歳の英国人の男性と知り合い、結婚しました。
その英国人はホンコンシャンハイ銀行に勤務するエリート社員でした。
私の手元の彼女と夫が一緒に写っているセピア色の写真に見るに彼はどうもブサメンであったようです。
その後、彼女は夫の転勤に付いてニューヨーク、上海などに住み、なんと1880年、彼女が40歳の時に長崎に引っ越してきました。
彼女の夫が長崎支店の店長として任命されたからですが、彼女は日本が気にいらなかったようで、5年後、ロンドン行きの船に乗ってしまいます。
さて、彼女の乗った船がスエズ運河を通過し、アレクサンドリアに停泊中に泊まったホテルで何者かに襲われて絶命したようです。凶年45歳。
けだし人生とは不思議なものです。
私も疲れたのでこの辺で筆を置きます。
それでは。


77 :世界@名無史さん:04/04/02 00:13
>>76
やっぱ世界史板は勉強になるなぁφ(。。)メモメモ

78 :76:04/04/02 00:38
ふとした思い付きで30分ほど前に
ホンコンシャンハイバンキングコーポレーションを75.67ドルで120株、NY市場で購入したぜ。
表面配当利回りが6%超えてるから、うぬらも買うがよい。


79 :世界@名無史さん:04/04/02 14:02
結婚資格16歳と13歳とどっちが正しいんだ・・・

80 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/04/02 21:32
女の子は少なくとも12歳、男の子は14歳にならなければ法的に有効な結婚はできなかった。
この年齢は古代ローマの婚姻年齢に由来した(ような気がする、失念しました)。
財産目当ての結婚を目的に女性の相続人を誘拐する事件やそれにからむ詐欺が問題となり、
1753年にハードウィック伯爵により提出された法案が可決した(ハードウィク婚姻法)。
これにより、結婚予告を行わない結婚や、大主教が発効する結婚許可証に基づく結婚でないと
無効とされた。この婚姻法により親の同意を得ていない21歳未満の結婚が禁止となった。
とはいえこの法律はスコットランド(チャネル諸島なども)には適用さなかったので、この
法律に抵触するカップルは境界線の向こう(スコットランド)側で誓いを交わして結婚を成立
させることがあった。特にグレトナ・グリーンという村がその境に近かったことから名所と
なった(グレトナ・グリーン婚)。
1836年の婚姻法により、役所での結婚登録ができるようになった。これによって、役所に
届け出をするだけで式を挙げていないカップルも誕生した。

結婚予告(結婚の異議がないか教会の説教壇から問いかけ異議がなければ3ヵ月以内の結婚
が有効と認められる行為)
グレトナ・グリーン婚(『イギリス式結婚狂騒曲―駆け落ちは馬車に乗って』(中公新書)に
詳細あり)

81 :世界@名無史さん:04/04/08 05:52
サッカレーやディケンズ、ブロンテ姉妹など数々の文豪や詩人を生み出した
実り豊かな時代だが、大都市ではお上品な時流を揶揄した、頗る好色な小説
が街路の片隅で、あるいは富豪の自叙伝として私家版の形で売られ、裏の文
学も生み出されていった。
後世の人はその一連の本を「ヴィクトリアン・ポルノ」と呼んだ。
特に有名なのは「我が秘密の生涯」。

82 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/04/15 21:13
>>73
「花売りの少女」ならば
Mayhew, Henry . London Labour and the London Poor, volume 1,Chapter 7
によれば、
花売りの娘には2つのタイプがあって、ひとつは普通に売っているタイプだが
、もう一方は、少数派であるが不道徳な目的のため街頭で花を売っているタイプ
があり、わずかな利益を補うためにそのようなことを行っているとしている。
これはおそらく(花として)自分自身もを売っていることを婉曲表現している
ように捉えられる。
ロンドンのピカデリー(古くは売春地区だった)では、警察は女から男に言葉を
かけることを禁じたり、女が立ち止まることを禁止しているが、このことからも、
娼婦が街頭で客引きを行いたい場合のカモフラージュとして利用していたのでは
ないかと推測できる(その関連性を結びつける史料が手持ち(頭にも)にないので
断言できないが……)。

83 :waza_fire:04/04/24 17:05
      ∧_∧      ∧_∧
     _( ´∀`)    (´∀` )
  三(⌒),    ノ⊃    ( >>1 )   糞スレは・・
     ̄/ /)  )      | |  |
    . 〈_)\_)      (__(___)

         ∧_∧  .∧_∧
         (  ´∀) (´∀` )
       ≡≡三 三ニ⌒) >>1 .)    立てんなって
        /  /)  )  ̄.| |  |
        〈__)__)  (__(___)

           ∧_∧  ,__ ∧_∧
          (    ´)ノ ):;:;)∀`)
          /    ̄,ノ'' >>1  )   言ったろうが
         C   /~ / /   /
         /   / 〉 (__(__./
         \__)\)
                      ヽ l //
            ∧_∧(⌒) ―― ★ ―――
            (    ) /|l  // | ヽ   ヴォケがーー!
           (/     ノl|ll / / |  ヽ
            (O  ノ 彡''   /  .|
            /  ./ 〉
            \__)_)
糞スレ晒し上げ

84 :世界@名無史さん:04/04/29 02:05
この時代のそこそこいいとこのぼっちゃんに生まれたら、
軍隊入って辺境で探検家として名前売って
末は帝国主義の手先としてセシル・ローズ路線目指したいよな。
結局は志半ばにしてどっかの港町で無一文のまま下痢とかで死ぬんだろうけどさ。

本国でメイドにかしづかれながらビリヤードとブリッジで時間潰して
たまに鞭打ち売春婦買って寄宿舎生活に思いをはせつつ
オナりながら老いていくなんて耐えられん。

85 :世界@名無史さん:04/04/29 10:39
>>84
少なくとも虹板住民なら後者の人生を求めてる香具師がゾロゾロいるぞ

86 :世界@名無史さん:04/05/10 20:02
>>84
インドへ行って一儲けしてネイボッブを目指すの手だ

87 :世界@名無史さん:04/05/10 20:27
俺も、館でかしずかれながら地主として暮らす方が良い。

88 :世界@名無史さん:04/05/10 20:38
金の力である程度の階級までは昇進(買収)できたんで、
無能でも偉そうにできた。

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