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なんで劉邦>朱元璋なのか?★

1 :世界@名無史さん:04/03/14 03:13
なんでお互い農民出身で天命うけて皇帝になったのに
映画や小説 漫画などでは劉邦のが人気あって知名度も
高いし尊敬されてんの?
むしろ朱元璋のが、貧農で、どん底からのスタートなのにね
なんででしょ

2 :世界@名無史さん:04/03/14 03:14
先だから

3 :世界@名無史さん:04/03/14 03:14


4 :世界@名無史さん:04/03/14 03:15
3 :世界@名無史さん :04/03/14 03:14



5 :世界@名無史さん:04/03/14 03:16
司馬遷の筆力

6 :世界@名無史さん:04/03/14 03:21
デブゴンによる人気向上はなかったか・・・

7 :世界@名無史さん:04/03/14 03:41
これ間違いなく名スレになる。

8 :世界@名無史さん:04/03/14 05:18
主現象は即位後に殺しまくったからな。
劉邦だって似たようなものだが。

9 :世界@名無史さん:04/03/14 06:40
司馬遼太郎が『項羽と劉邦』を書いたから。

10 :世界@名無史さん:04/03/14 08:26
朱元璋の天下取りはドラマ性がないからだと思いまつ

11 :世界@名無史さん:04/03/14 08:26
朱元璋の天下取りはドラマ性がないからだと思いまつ

12 :世界@名無史さん:04/03/14 09:11
朱元璋には、劉邦にとっての項羽に当たる人物がいないって事?

13 :世界@名無史さん:04/03/14 09:33
餓死寸前になった乞食坊主。


14 :世界@名無史さん:04/03/14 09:42
陳友諒と雌雄を決した鄱陽湖の戦いは、
火攻めで逆転大勝利。
三国志演技の赤壁の戦いの描写は、
実際には鄱陽湖の戦いをモデルにしていたとも言われる。


15 :世界@名無史さん:04/03/14 10:06
飢餓と疫病で、父、母、長兄を失い、途方にくれる子供時代。
結局、寺に預けられたが、寺にも食べ物がなく、
寺に入って50日目で、托鉢行脚の旅に出される。
どこへ行っても飢えに苦しむ人々だらけ。
わずかな施しすらままならない。
やがて寺は元の部隊に略奪を受ける。
寺に戻ると寺の建物は焼け落ちて、瓦礫となっていた。
行き場のなくなった元璋25歳、
濠州の郭子興の紅巾軍に身を投じる。
・・・・
ドラマ性は十分ある。
作家の力量があれば・・・。



16 :世界@名無史さん:04/03/14 10:19
堺屋太一『超巨人 明の太祖・朱元璋』(講談社)
伴野朗『朱龍賦』(徳間書店)

17 :世界@名無史さん:04/03/14 10:24
漢の方が反映したからでしょ。
明はなんか暗い。
庶民の活気はあったそうだが、
中国人が自慢できる国とは思えない。

18 :世界@名無史さん:04/03/14 10:29
統制的な朱元璋ではなく、放任的な張士誠が勝っていたら、
中国が自由主義的な風土になっていただろうに。



19 :世界@名無史さん:04/03/14 10:33
漫画化を希望。




20 :世界@名無史さん:04/03/14 10:43
朱元璋の暗さが、その後の500年以上の今に至るまで中国に影響を及ぼしている気がする。
それだけ偉大な人物だったとも言えるわけで・・。


21 :世界@名無史さん:04/03/14 10:49
理不尽な暴力で徹底的に統制しないと、
巨大な大陸国家を維持できない。
張士誠のような生ぬるさでは、
中国沿海部のみで繁栄するだろうが、
内陸部へ進出することは不可能なんだろうな。


22 :世界@名無史さん:04/03/14 10:52
主現象はあるとき脱走をしようとして捕まり、斬首されそうなところ、あまりにも顔が醜かったので、殺すには惜しいと助けられたそうな。
秀吉と似ているな。秀吉も顔がサルで物珍しかったから、信長のペットにされた。それが結構使えることがわかり、出世できた。
顔が普通だったら、目立たず出世もできなかったかも。

23 :世界@名無史さん:04/03/14 11:00
清代の考証学者の言葉
「明の太祖は、一人で聖賢と豪傑と盗賊の性格を兼ね備えていた。」


24 :世界@名無史さん:04/03/14 11:20
劉邦は明るい性格、かつ男前で男にも女にもモテまくりだったけど
朱元璋は暗くてブサイコだったからかな?

25 :あやめ:04/03/14 11:23
劉季の方は「仁にして人を愛し、意豁如たり」と司馬遷が評したとおり
からっとした性格であったのに対し、朱重八の方は所謂「雄猜の主」で
腹の中は常に「あいつ何か企んでいやしないか」と疑惑の塊がいっぱい。
彼は生まれてから好き放題を通してきたのに、此はガキのときからして
辛酸なめ子。性格が違ってしまうのも無理ないところ。
明の太祖は信長のような痛快な自然児風のとこもないし、家康のような
部下に対する厚情も乏しい。キャラとして人気を博する要素が見出しにくい
英雄です。

26 :世界@名無史さん:04/03/14 11:27
>24
>劉邦は・・・かつ男前・・・

そういや劉邦は若い頃、「・・・貴人の相が・・・」と
言われたとか言われなかったとか。
賎しい出身の割に、王侯貴族みたいな顔してたのかもな。

27 :世界@名無史さん:04/03/14 11:34
>>25
憎まれっ子世にはばかるの典型的な人物ですな

28 :世界@名無史さん:04/03/14 11:40
三国志演義風で言えば

朱元璋 = 玄徳
劉基  = 孔明
陳友諒 = 曹操
張士誠 = 孫権

って感じか。結果は全然違うけど。

29 :世界@名無史さん:04/03/14 11:43
>>21
結果的にはそれが一番良かったのでは。
中国全体は、ヨーロッパ全体よりも広いのだから
むしろ無理矢理一つの国家にまとめる方が不自然。


30 :世界@名無史さん:04/03/14 11:50
農民出身は農民出身でも劉邦は富農出身ぽいな。
好き勝手にブラブラしてたし、亭長という最下級とはいえ役人に
なれたのも文盲ではなかったからだろうし。

31 :世界@名無史さん:04/03/14 11:56
>>30
そうそう。中国で下層民から成り上がった皇帝は、劉邦、劉備、朱元璋の
3人だけど、劉邦は地元でそれなりの力を持ってたし、劉備も学者の所に
師事したり、派手に着飾ったりしてるから、庶民レベルではそこそこ裕福。

朱元璋が本当に何もない(才能はあったが)一番ひどい境遇だった。
あれで成り上がれたのだから、やっぱり運命か


32 :世界@名無史さん:04/03/14 18:09
>>29
現代でも農村と都市との格差が問題になっているからなあ。
孔明の天下三分の計が一番よかったのかもね<中国>
そこに東北を加えるなら天下四分の計か。

33 :世界@名無史さん:04/03/14 22:15
文化大革命が賞賛されていた頃、
朱元璋も高く評価されていたはず。
貧農出身で、一般民衆のための善政であったと。
実際、彼の治世中に戦乱で荒廃した農村が復興し、
耕地面積は5倍に増加し、
水利事業などの殖産に務めながらも、
農民たちの負担が増えないよう気を配っている。
朱元璋の基本戦略は「不殺」。
厳しい軍規で、略奪行為を厳禁し、人民の信頼にこたえた。
もっとも地主や官僚階級への粛清は当然!ざまぁみろ!!
て、な調子で。・・



34 :世界@名無史さん:04/03/14 22:21
>朱元璋の基本戦略は「不殺」。

で、晩年路線が変わったところも秀吉そっくりだなぁ。

35 :世界@名無史さん:04/03/14 22:43
その後の子孫がDQN続きだったのも敗因

36 :世界@名無史さん:04/03/14 22:54
朱元璋について知識が得られる良著を紹介してくださーい。

37 :世界@名無史さん:04/03/14 22:57
不正官僚、地主は粛清対象だが、「不殺・養民」路線は変わってない。
晩年になると、ますます民を慈しんだそうな。

わずか十数万人の犠牲で、
無政府状態の混乱から脱却できれば、
数千万人の幸福につながるじゃないか。

建国の功臣というものは、高禄を食いつぶし、
新王朝のガンになりやすいので、
必要がなくなった段階で消してしまった方がいいのさ。
劉邦に学んだだけだよ。

実に立派な政治家じゃないか。
部下には絶対になりたくないが。


38 :世界@名無史さん:04/03/14 23:04
>>37
しかし、孫は有為な人材がおらず、叔父に帝位を簒奪される羽目になった。

39 :世界@名無史さん:04/03/14 23:11
路線変更と言えば、
紅巾軍から身を起こしたくせに、
途中で白蓮教を邪教と断じて、弾圧している。


40 :世界@名無史さん:04/03/14 23:14
劉邦って先祖が貴族だろ?

41 :世界@名無史さん:04/03/14 23:31
今の中国でも殺人以外の軽い罪での死刑が多い。
世界の死刑執行数の大半が中国だ。
政府高官も汚職で死刑になるケースが多い。
朱元璋以来の伝統だろう。


42 :世界@名無史さん:04/03/14 23:32
洪武帝の粛清は>37が言うような戦略に基づいたものとも言えない。
上奏文に皇帝揶揄の文字が隠されているのではないのか、という病的な猜疑心によって多数が処刑されている。
まして謀反の疑いなどが報告されようものなら、係累を何万人もたどって処刑している。
無駄な処刑が大杉。

43 :世界@名無史さん:04/03/14 23:44
近代以前のイスラムのように、根本的に人口(人材)不足の地域なら、統治政策も寛容になるだろうが、
明にせよ現在にせよ、中国は人口が過剰だから、多少の処刑で人材が枯渇することはない。

よって粛清は当然。むしろ寛容は分裂を呼ぶ。

44 :世界@名無史さん:04/03/14 23:45
トインビーは劉邦を優れたリーダーとして非常に高く評価していた、そうだ

45 :世界@名無史さん:04/03/14 23:51
>43
あそこまで無茶苦茶な殺し方をすれば、ろくな人材がいたとしても政権に参加しようとはしないだろう。
政権に残っている人間もモラールは低い。
建文帝政権が脆くやられたのも当然。

46 :世界@名無史さん:04/03/14 23:54
中国って
動乱になるぐらいなら、
圧制による安定の方がましという感覚があるよね。
共産党支配が続けられる理由も、
その辺に原因があるのではなかろうか?


47 :世界@名無史さん:04/03/15 00:27
>>45
明の官僚ってほんとモラル低いよな。
優れた人材が仕官せず在野にいたから逆に民衆文化は発展したのかもな。

48 :世界@名無史さん:04/03/15 00:53
>>45
それでも明という王朝は、それから200年以上続いてる。
ろくな人材がいなくても、長期にわたって体制を維持できるのなら、まともな人材を粛清しても問題ないという計算もできる。

49 :世界@名無史さん:04/03/15 00:57
つっても、北と南から、族に襲われてもろくに国民すら守れないダメポな体制は流石に不味いだろう。


50 :世界@名無史さん:04/03/15 01:00
劉邦も北の遊牧民族に襲われて散々な目にあっとる。

51 :世界@名無史さん:04/03/15 01:12
国家内部の政治闘争に、外部勢力を引き込んで、
余計に混乱させるのが、中国・朝鮮史の特徴のような気もするが。

52 :世界@名無史さん:04/03/15 01:29
劉邦に比べて朱元璋は暗いイメージがあるのは事実だろうね。劉邦のように面白
いエピソードが少ない(というか私は知らない)というのも人気がない理由だろ
うね。
功臣の粛清に関しては、劉邦のまねをしたというけど、これは劉邦に失礼じゃな
いかな。朱元璋は、李善長や宋濂といった、謂わば張良にあたるような功臣は勿
論、幼い時からの友人である徐達でさえも粛清の対象になったっていうもんね。
おそらく劉基も生きていたら文句なく粛清されたろうね。しかも有名な胡藍の獄
ってほとんど完全にでっち上げでしょう?
劉邦は、少なくとも沛時代の友人には廬綰を除けば手を出していなかったんじゃ
なかったっけ?張良も陳平も健在だったもんね。
政治家、軍人としてみたら圧倒的に朱元璋の方が有能だと思うけど、そこがかえ
って気味悪い感じもするんじゃないかな。凡人からは想像し難いほど非常に有能
な根暗の人物。ある作家は「魔性の人」と言ってたけど、この辺も人気のない理
由じゃなかろうか?

53 :世界@名無史さん:04/03/15 01:42
劉邦は後半生はともかく前半生は好感もてるキャラじゃん。
民衆にも人気があったみたいだし。そうじゃなかったら劉邦が皇帝になってふるさとに行幸した帰り際、いくら郷里の英雄とはいえ全県総出で見送ったりするかな。
漢といい、劉家といい、人気があったんだろう。


54 :世界@名無史さん:04/03/15 01:43
朱元璋の時代には、もはや劉邦のように、功臣を王として封建する余地はなかろう。

明の時代には、すでに科挙に基づいた官僚制が確立している以上、
力のある臣下は、帝位を乗っ取る以外に、家門を末永く繁栄させる手段はあったのか?

単純に比較するには、時代背景が違いすぎる。

55 :世界@名無史さん :04/03/15 01:54
朱元璋がブサイクだったからだろ、マジレスで

56 :世界@名無史さん:04/03/15 01:57
やっぱり成り上がり度数では朱元璋のほうが上じゃないかなあ。
劉邦の実家って室町時代の松平家ぐらいのレベルだったんじゃないの?
そうじゃなきゃショウカみたいな連中とつきあえないだろう。
それに中国の県って日本の国ぐらいの規模でしょ?

57 :世界@名無史さん:04/03/15 09:50
>48
明は建文帝で一度滅びている
永楽帝政権は、洪武帝-建文帝政権とは別王朝。

58 :世界@名無史さん:04/03/15 11:26
>朱元璋 = 玄徳
>劉基  = 孔明
>陳友諒 = 曹操
>張士誠 = 孫権

陳友諒は、項羽にも似た豪傑タイプなんじゃないの。


59 :世界@名無史さん:04/03/15 11:34

中国史上、最初の統一王朝といえば始皇帝の秦ですが、それを継承して4百年の
社稷を築いたのは劉邦。漢は西洋でいえばローマ帝国にあたる存在で、「中国
はひとつの国」というイデオロギーを確立したのではないか。

秦の崩壊後は、斉とか楚とかが復活してた。あのままだったら、ドイツや
フランスみたいに、完全に別の国だったかも。


60 :世界@名無史さん:04/03/15 11:40

朱元璋には、歴史上において、高く評価される要素があります。それは
「漢人王朝の再興」。金・元・清と、異民族王朝の千年史の中で、明の
時代は異彩を放ってます。

もし朱元璋がもうちょっと明るかったら、民族の大英雄なのは間違いない。


61 :世界@名無史さん:04/03/15 12:31
太祖の肖像に良く描かれたものとそうでないものがあるってエピソードを
よく見るけど、あれは比較する方が完全に間違ってる。
温和な爺さんの肖像画は美化を含んでいるとしても写実的だけど、
醜悪な顔の方はほとんどポンチ画並のもの。ぜんぜん比較できないよ。

62 :世界@名無史さん:04/03/15 12:43
>>59
むしろ、それが良かったと思います。
現代の中国は、満州、華北、華南、西域=ウイグル、チベット、雲南
と6つに分かれてるのが理想だと思うのですが。


63 :世界@名無史さん:04/03/15 12:46
>>61
しかし、いくら写実的と言っても本人とは似ても似つかぬ
全然別人の美男子をモデルにしてたら、完全空想のポンチ画&マンガ絵
と大して変わらないと思うが・・・


64 :世界@名無史さん:04/03/15 12:58
しかし、中国歴代の皇帝たちの肖像画を見ると、
太祖たちはみんなワイルドなお顔をなさっているが、
滅亡前の皇帝たちになると、本当にノーブルな顔になってしまうのが笑える。

清の光緒帝なんて本当に高貴なお顔ですからなあ。

すれ違い、スマソ。もうしませんから許してください。

65 :世界@名無史さん:04/03/15 13:02
>>63
だからさ、ほんとうは「比較すること自体が間違ってる」んだよ。

間違ってるという認識のもとで自分はどう思うかというと・・・
私は写実的な方が実は本人に近いと思うけどね。
まがりなりにも皇帝の肖像だから、別人として描くわけにはいかないし。
ポンチ画は当時の漫画の類で、本人見たことあるやつが描いたかどうかも
怪しいと思う。

66 :世界@名無史さん:04/03/15 14:11
秦という儒教を排斥した強大な「悪の帝国」を滅ぼし、儒教を普及させた漢と比べるとやはり
儒教的には明のほうが目移りするっていうのは関係ないかな?

67 :世界@名無史さん:04/03/15 15:15
>>30 >>31
中国の農村部ってのは昔から慢性的な嫁不足で貧乏人には嫁が来ないのに、劉邦のオヤジの大公には奥さんが二人以上もいて、なおかつ息子にいい年までブラブラさせてたんだから余程裕福だったと思う。
女房二人+その子供たち を養えるってのはすごいよ。
しかも、末子の交はいい教育受けていたらしいし。
現代日本のリーマンには無理。ワンマンオーナー社長レベル。
貧農出身だっていうのは偏見だと思う。


68 :世界@名無史さん:04/03/15 15:39
朱元璋の「山の字を横に倒したような顔」って要するにアントニオ猪木みたいな感じか?
色目人の血でも入ってたのかねえ。

69 :世界@名無史さん:04/03/15 16:00
二番煎じでは人気は出ないんだよ

70 :世界@名無史さん:04/03/15 19:22
>>57
南明、北明と区別すべきだよな

71 :世界@名無史さん:04/03/15 22:01
>>57,70
>明は建文帝で一度滅びている
>永楽帝政権は、洪武帝-建文帝政権とは別王朝。

>南明、北明と区別すべきだよな

それはどういうことですか?具体的に教えてください。
自分は、高校で健文帝は太祖の孫で永楽帝は息子、と習った程度なんで。

72 :世界@名無史さん:04/03/15 22:04
盗賊皇帝といえば、中国では李自成が一番人気。

73 :あやめ:04/03/15 22:06
南明というのは通常は隆武帝や弘光帝などの政権を指す用語として定着していますので、
建文帝の政権を呼ぶのは適切ではないでしょう。燕王は君側の奸を除いて国難を靖んずる
師を興したという名目で起兵したもので、南京の朝廷と対立する別の国家を志向する
意図は無かったのだし。

74 :世界@名無史さん:04/03/15 22:10
>>67
劉邦は秦の官僚組織の末端で吏員をやってたわけだし、裏社会の人間でもあった。
現代日本でいえば、特定郵便局長 兼 ヤクザの親分 といったところ?
ぼちぼち裕福そうですな。

75 :世界@名無史さん:04/03/15 22:12
>73
後漢も前漢と対立する別の国家を志向したわけじゃないし。
たしかに南明は既に使われているから、前明、後明だな。

76 :あやめ:04/03/15 22:40
後漢は前漢がいったん滅亡してから成立した政権で対立する相手がいません。
永楽帝は建文帝を革除して直接に洪武帝から政権を継承した形式を採用し、
簒奪の名を避け体統の連続性を企図したわけで、前後に分断する意味はありません。
もしそういうことを考え始めると正統帝と景泰帝の関係では2度も明朝が断絶した
ことになってしまいます。

77 :世界@名無史さん:04/03/15 22:43
劉邦は基本的に無能な男だから人気があるんだと思うんですが
無能な農民が個性豊かな部下を引き連れ何度も敗走しながらやっと掴んだ天下ってとこが面白い
部下も忠実に働く地元の人材やよそ者の一癖あるような将軍まで多種多様だし
無能な農民が天下を取る、痛快で面白くしかも解り易いのが人気の秘密かと

78 :世界@名無史さん:04/03/15 22:57
>76
靖難の変により、政権の人々の大半が入れ替わっている。
土木の変で交代したのは一部首脳だけ。

79 :世界@名無史さん:04/03/15 22:58
永楽帝って太祖の官僚組織をそのまま受けついだから、
新しい帝国を作ったと言うほどのものでもないんじゃない。
ちなみに俺も太祖の顔は肖像画の方が近いと思う。
ただ肖像画は立派に描かれるものだけどね。
俺のイメージではスターリンが近い。
体が小柄で痩せいて、繊細で暴力的な感じのする独裁者タイプの顔。

80 :世界@名無史さん:04/03/15 23:01
>79
易姓革命で禅譲の形式をとった場合、基本的に官僚機構を継承しているが。

81 :世界@名無史さん:04/03/15 23:04
劉邦は、人口の八割がた農民の世界で、
最下層の足軽で天下をとったみたいな感じ?
凄い事は凄いが、もっと下がいたと。

82 :世界@名無史さん:04/03/15 23:07
永楽帝はモンゴルの気風が濃い気がする。


83 :世界@名無史さん:04/03/15 23:08
>>80
親子だから禅譲にはならないでしょ。


84 :世界@名無史さん:04/03/15 23:12
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/7553/keikoku.html

↑Voice誌3月号で堺屋太一氏が、かつて中東を支配した13世紀モンゴルと
現代アメリカの共通点を明らかにしています

また堺屋氏は2006年のチンギス・ハーン生誕800周年に合わせて
「何か」をやるという・・・

85 :世界@名無史さん:04/03/15 23:13
>83
うん。しかも中央政府は総入れ替え。
官制・法制と地方機構しか継承していない。
禅譲の易姓革命の場合の方が継続性があるということ。

86 :世界@名無史さん:04/03/15 23:21
地盤が南から北に180度変わったわけだしねぇ。

87 :世界@名無史さん:04/03/15 23:39
劉邦の家は、所謂貧農ではなかったはず、そこそこの土地を持つ独立自営農民の
ようなものだったんじゃ?
それに対して朱元璋は、極貧の孤児だった。托鉢僧もしていたよね。それで「僧」とか
「禿」という文字を下手に使うと死刑になったというのは有名な話。
一方、劉邦の父親と兄に対する微妙な感情というか対立は、結構現代に通じる
ものがあって中々面白い。これも人気の秘密だろう。

88 :世界@名無史さん:04/03/15 23:46
堺屋太一といえば、太祖光武帝を毛沢東に、成祖永楽帝をケ小平になぞらえて
いた。

前者が強権的な統制支配で政治的な安定を確立し、後者がそれを緩めて、長続き
する体制を作り上げたと。

これ、秦の始皇帝と、漢の高祖劉邦にも言えることだと思うんだけどね。


89 :世界@名無史さん:04/03/15 23:49
>>88
×光武帝
○洪武帝

90 :世界@名無史さん:04/03/15 23:59
永楽帝も朱姓なんだから
易姓になるわけがない

でも、中央政府の人員が入れ替わったら革命なのでは
アメリカじゃ政権党が交代するたびに革命という道理では

91 :世界@名無史さん:04/03/16 09:43
朱元璋の部下たちには、
個性的で有能で魅力あふれる連中がそろっている。
彼らの一人ひとりでも十分ドラマになるぐらいだ。
無頼、土豪、儒者、濠州の24人衆、・・・。
だが、いかんせん朱元璋の個性が絶対的に強すぎて、
全く目立たなくなってしまう。
結局多くが処刑、自殺などで最期を遂げているのでは?
報われない人々だなぁ。


92 :世界@名無史さん:04/03/16 13:30
南京の洪武帝陵にオウムの麻原らが詣でたことがある。
洪武帝のエネルギーを得るためとかいう口実で。
元信者の証言集の一文にも
麻原が自分は洪武帝の生まれ変わりだと述べたくだりがあった。
オウムは帝国樹立を妄想して、武装化していったが、
洪武帝の著しい残虐さと成功を目標にしていたのだろう。




93 :世界@名無史さん:04/03/16 13:41
大正大学の高岡真由子さん、かわいい。

94 :世界@名無史さん:04/03/16 21:58
班固によると豊には劉氏の墓が少なく、劉氏は流れ者だった。ってことですが本当に農家だったんですか。
中国では流れ者でも土地を容易に獲得できるのかな

95 :世界@名無史さん:04/03/16 22:56
忠誠は報われない、給料は安い(歴代王朝で官の俸禄が最も低い)で、
かえって汚職がはびこることになった明朝。


96 :世界@名無史さん:04/03/16 23:25
っていうか流れ者としても劉邦のじいさんぐらいにはいついたんじゃないの。
劉邦の連れたちがそっくりそのまま重臣になっているんだから。

しかし劉邦の連れ達って才能があるヤシ多いよな。
ハイの片田舎にあれだけの才能が埋まっているのか不思議だなぁ。

項羽なんか人材乏しいのに(永遠の青談)

97 :世界@名無史さん:04/03/16 23:36
>>96
劉邦のじいさん=豊公のことですね。
その通りです。彼の代には既に劉氏は豊に住みついていたとされています。

98 :世界@名無史さん:04/03/16 23:37
親戚(劉賈、劉澤)との関係もよく分からないときたもんだ。

99 :世界@名無史さん:04/03/16 23:40
始皇帝の天下統一戦争の仮定で戦乱が相次ぎ楚も荒廃したからな。
劉氏も楚あるいは他国あるいは亡国の民で流れに流れてきたのだろう。


100 :世界@名無史さん:04/03/16 23:44
>>99
劉氏は元々晋の正卿士会の子孫で魏から移ってきたとされています。

101 :世界@名無史さん:04/03/17 00:06
>>88
>光武帝
世が世なら凌遅処死にされそうな誤字だな。

102 :88:04/03/17 00:12
スマソ。

「こうぶてい」と入力して変換すると、フツーに「光武帝」になるんだよな。
それはともかく、後漢の光武帝は、なんであんなに人気あるんだろ?


103 :世界@名無史さん:04/03/17 00:18
>永楽帝も朱姓なんだから
>易姓になるわけがない

たしかに易姓じゃないけど。でも、中国では南と北は、別の国みたいに違う
ということを考えれば、北京から攻め込んできて南京政府を倒すというのは、
大きな事件だなあ。

日本で言えば、京都から江戸に政権を移すくらいのインパクトはあるんじゃ
ないの。


104 :世界@名無史さん:04/03/17 01:00
しかもモンゴル軍団連れてきて・・・
江南の人々はどう思ったんだろう。

105 :世界@名無史さん:04/03/17 01:20
燕賊奪国

106 :世界@名無史さん:04/03/17 02:42
>>100マジかよ
馬の骨の一族じゃなかったんだな。


107 :世界@名無史さん:04/03/17 02:56
>>103
今の北京政府も潜在的な脅威として隣国ソ連ーロシアと同様に
「南」の人民解放軍を恐れてる。
南京軍区、広州軍区は台湾との絡みもあって増強中。
故葉剣英が毛の失政による文化大革命の大混乱を収拾した功績もあって
葉一族の支配が長年続いた。ケ小平ー江沢民が葉亡き後葉選平を引きずり
下ろし腹心を送り込んだが、近未来の大乱の元となりそうな予感。

>>104
江南の地から中国を征したのは蒋介石と朱元璋ぐらいしか思いつかないねぇ。
後は項王ぐらいだけど儒子すぎて劉邦にやられてしまったし。

>>105
燕賊奪位じゃなかったっけ。 ウロ覚え。


108 :世界@名無史さん:04/03/17 05:43
>>100
ってことは元々は范氏だったのかな。
本家は晋で滅亡後斉に行ったと思ったけど。

109 :世界@名無史さん:04/03/17 06:06
>>102
とてもおおらかというか、基本的に部下を殺したりするのが嫌いな人だったらしい。
おかげで有力諸侯がたっぷり残って、皇帝の権力がイマイチな帝国になってしまったけど、
平和の代償といったところか。

この人も、実は経歴がかなり怪しい。まあ、劉家の人間ではあったんだろうけど、
元々は伯父だったかの側にいて、頭角を現してきた人なんだよな。

劉備はむしろを織ってたってのが正史に載ってたと思う。だとすれば、こいつは
下層階級でしょう。劉邦にしてもそうだが、裏の社会と付き合いがあると、身分
以上にいろいろな連中と対等の立場、あるいは特殊な関係で結ばれる機会を得る
ようになる。そういうところが、この二人の共通項かもな。もっとも、劉邦はたしかに
自作農クラスの生活はしていたようだが。

その点、朱元璋はマジ悲惨。

110 :世界@名無史さん:04/03/17 16:21
前漢の景帝の子孫の中山靖王はなんでも何十人と子供がいたので、
その自称末裔は当時相当多かった、と聞いたけど、劉備は本当に景帝の末裔なの?

111 :世界@名無史さん:04/03/17 17:29
>>102
庶民派でミーハー。
消極的でおとなしい性格。ぼーっとしていて根は小心者。
しかし、いきなり単騎突撃をしてみたり、戦時中に夜遊びをしたりとたまにDQNなことをしたがる。
とにかく変な言動をかまさないと気がすまない、爆笑問題太田のような男。
10歳年下の美女を「お嫁さんにしたい!ハァハァ」と発言
あんまり強そうじゃない&頭がよさそうじゃない部下が多い。
また、そのためかどうか知らんが統一後の粛清が無い。これは快挙だと思う。
また、統一後に慢心して失政や暴政を繰り替えすというお決まりのパターンも無く、「政治って楽しいよ♪」の名言も。
二代目もきちんとしている。


112 :世界@名無史さん:04/03/17 22:24
♪嫁にするなら、徐麗華

113 :世界@名無史さん:04/03/17 22:32
>>112
陰麗華ではないのか?

114 :70:04/03/18 00:00
北宋→南宋より継ぎ方が異質だと思うんだけど。
五代の後唐は異質過ぎなのに連続・・・・・・・

南明は勉強不足でした。
前明、後明ですね。

115 :世界@名無史さん:04/03/18 00:12
モンゴル騎兵を率いる世祖永楽帝が北京から攻め込んできたときの
南京人たちは、ちょうど東国の源氏が坂東兵を率いて攻め込んできた
ときの京都人みたいな気分だったのではないか。


116 :世界@名無史さん:04/03/18 00:20
つまりアズマがタサツマを倒すということだな。

117 :世界@名無史さん:04/03/18 09:31
洪武帝の海禁政策、農本主義(表向き農民重視で商業蔑視)って
徳川幕府の鎖国政策、農本主義と似たようなものかな?


118 :世界@名無史さん:04/03/18 09:41
日本航空客室乗務員の山崎知春さん、かわいい。

119 :世界@名無史さん:04/03/18 10:12
>>117

徳川家康が、太祖洪武帝をいろんな面で参考にしてたって話は、よく
聞くね。

でも、中国史には「織田信長」が欠けている。「近代化の父」みたいな
人物が見当たらない・・・。


120 :世界@名無史さん:04/03/18 10:23
日本史の話題をふるとはい山野の薀蓄↓

121 :世界@名無史さん:04/03/18 11:23
日本史ネタです。

洪武帝が制定した明律は江戸時代に盛んに研究されました。
荻生徂徠の「明律国字解」、高瀬喜朴の「大明律例譯義」、
紀州藩文書には「大明律例諺解」「大明律例譯義」「明律解」
などがあります。
これらは幕府や諸藩の法令に大きな影響を与えました。


122 :        うらっしゃぁぁ!↑:04/03/18 11:26
>>119
後周世宗、柴栄は?
統一の方向性を定めるも中途挫折、子孫が簒奪の憂目にあうなど類似点多し。

123 :世界@名無史さん:04/03/18 11:42
洪武帝の六諭に見習ったのが、教育勅語。
明治政府が採用した皇帝一代で一元号という一世一元の制も洪武帝が始めた。

洪武帝は偉大だ。


124 :世界@名無史さん:04/03/18 11:44
柴栄=秀吉

125 :世界@名無史さん:04/03/18 13:22
>64
>しかし、中国歴代の皇帝たちの肖像画を見ると、
>太祖たちはみんなワイルドなお顔をなさっているが、
>滅亡前の皇帝たちになると、本当にノーブルな顔になってしまうのが笑える。

初代がどんな醜男でも、代々の嫁さんは美女揃いな訳だから、
別に画家が作らないでも何代もすればそういう顔になってくる。
徳川も家康は丸顔だったけど、後代は瓜実顔になったしね。

126 :世界@名無史さん:04/03/18 14:41
日本のやんごとなき一族の方々も、弟のほうはそれにあてはまるね

127 :世界@名無史さん:04/03/18 15:04
あのやんごとなき一族の方々はなぜああ、みんな貼り付いた笑顔なのか・・・
民間から入った人でさえあの顔になる

128 :世界@名無史さん:04/03/18 15:15
>>127

それはともかく、嫁さんは代々、才媛ぞろい。
インテリ家系へとまっしぐら。


129 :世界@名無史さん:04/03/18 15:28
美人で頭いい女性とばっかとってたらどんどん遺伝子がよくなるはずなのに中国の王朝は・・・

130 :世界@名無史さん:04/03/18 15:41
>抜かれねえよ。物凄い周回遅れだったのが1週追い付いたという程度。

たしかに中国も急速に進歩してますが、日本でもここ10年くらいの
間に、グローバル製造業は世界の製造業界における主導的地位を確立。
国内でも金融革命・流通革命が劇的に進行している。

差は見た目ほど縮まってないですよ。


131 :世界@名無史さん:04/03/18 15:50
どこの誤爆?

132 :130:04/03/18 16:56
スマソ。「中国はいつから後進国になったのか」スレに書くつもりだった・・・。


133 :世界@名無史さん:04/03/18 17:02
なるほど。気落ちせずにがんばってください

134 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/18 17:09
>>115
どちらかというか木曽義仲ですかね。一応頼朝の方は山猿では無かった(その
事も彼が担がれた理由の一つ)。
>>119
『貞観政要』や『吾妻鏡』を精読して政権構想をねり、学問好きを知られて公家の山科
などから『拾芥抄』(鎌倉時代の辞書)を送られたほどの勉強家でした。
この点が信長・秀吉あたりとは違う点で、最後に安定した政権を樹立する
為にはこうした知恵や機転以外も身につけた着実なやり方を行う人物が求
められたのだろうと思われます(頼朝も『貞観政要』の愛読者)。
ちなみに信長の行動は小説などでかなりいじくられていますが、比叡山焼
き討ちの前に祟りが無いかどうか吉田神道に相談したりしているのでやは
り中世的な心情も持ち合わせていたのではないかと。

135 :世界@名無史さん:04/03/18 23:16
洪武帝=信長+秀吉+家康+頼朝


136 :世界@名無史さん:04/03/19 03:12
【劉邦】
武力  :☆☆
政治力 :☆☆☆
残虐性 :☆☆☆☆
猜疑心 :☆☆☆☆☆
カリスマ:☆☆☆☆☆☆
運   :☆☆☆☆☆

【朱元璋】
武力  :☆☆☆
政治力 :☆☆☆☆☆
残虐性 :☆☆☆☆☆☆
猜疑心 :☆☆☆☆☆☆
カリスマ:☆☆
運   :☆☆☆☆


洪武帝の部下はいやずら
劉邦が殺すのは主にライバル的なお偉いさんだが、朱元璋は見境無し

137 :世界@名無史さん:04/03/19 06:35
>>125
http://park14.wakwak.com/~elph/gengi/shougun.html
やっぱ食いもんとか環境の影響も大きいらしいよ。

138 :世界@名無史さん:04/03/19 09:21
中国でも劉邦関連の大河ドラマは結構作られている。
NHKの「その時歴史が動いた」などで映像に使われているらしい。
しかし朱元璋のドラマが作られているかどうか?
検索に引っかからなかったが、作りにくいのかなぁ?

劉邦と項羽 (DVD7巻)
http://video.jcbus.com/koten/koten3.html

項羽と劉邦−その愛と興亡 3時間 完全版
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4510242160777.html
こちらは虞美人と呂雉の2人の美女の物語。
意味もなく入浴シーンもある。



139 :世界@名無史さん:04/03/19 09:41
バス・コーポレーションの上野良子さん、かわいい。

140 :世界@名無史さん:04/03/19 15:49
朱元璋の大河ドラマを考えてみた。
回を重ねるにしたがって暗くなる問題作。

第1回 流浪の朱家
第2回 牧童のガキ大将
第3回 旱魃、イナゴ、疫病
第4回 托鉢僧
第5回 郭子興軍団へ
第6回 聡明な妻
第7回 元軍猛攻
第8回 24人の軍団誕生
第9回 李善長の智恵
第10回 紅巾軍の宋国樹立
第11回 紅巾軍北伐失敗
第12回 郭子興の死
第13回 揚子江渡航作戦
第14回 集慶奪取
第15回 大宋国呉国公
第16回 劉基と宋濂
第17回 陳友涼の台頭
第18回 鄱陽湖の戦い
第19回 呉国自立
第20回 張士誠との戦い



141 :世界@名無史さん:04/03/19 15:49
続き

第21回 大宋国小明王の死
第22回 北伐
第23回 大明帝国誕生
第24回 論功行賞と猜疑心
第25回 空印の獄
第26回 胡惟庸の獄
第27回 続く粛清
第28回 里甲制
第29回 皇后の死
第30回 李善長の獄
第31回 皇太子の死
第32回 藍玉の獄
第33回 独裁者の孤独


142 :世界@名無史さん:04/03/19 16:01
見てみたいかも…

143 :世界@名無史さん:04/03/19 16:10
>>140-141
そんなんじゃ視聴率とれないんで、
トンチのきいたお坊さんがその才知で多くの仲間やライバルと巡り会い、
いつしかその仁愛で天下を統べるという『太祖記』をお楽しみいただきます。
農民を愛し、逆境にあってもへこたれない元気な主人公・朱元璋を香取慎吾さんが明るく演じます。
お楽しみに!

144 :世界@名無史さん:04/03/19 18:22
すげぇ皮肉

145 :世界@名無史さん:04/03/19 18:24
>>141
ワロタ。
最後の10週は大殺戮ばっかじゃねーかw

146 :世界@名無史さん:04/03/19 22:43
>農民を愛し、逆境にあってもへこたれない元気な主人公・朱元璋を香取慎吾さんが明るく演じます。
>お楽しみに!

ヤパーリ、朱元璋は怪異な容貌でなければ。


147 :世界@名無史さん:04/03/19 22:44
>回を重ねるにしたがって暗くなる問題作。

同じくワロタ。でも、餓死寸前で反乱軍に拾われた少年時代も、十分に
暗いぞ。


148 :世界@名無史さん:04/03/19 22:55
最終回 「誰もいなくなった」



149 :世界@名無史さん:04/03/19 22:58
主役は にしこり でぜひ

150 :世界@名無史さん:04/03/19 23:36
大河ドラマ『朱元璋』最終回 

死んだ朱元璋が、自ら処刑した40万の亡者達(皮剥がされてたり手足無かったりする)と共に
高笑いしつつ地獄でタップダンスを踊り狂うという衝撃のラスト

151 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/20 00:18
>>150
演出は是非『ムトゥ・踊るマハラジャ』の人で。

152 :世界@名無史さん:04/03/20 00:27
ミュージカルですかw
処刑されながら歌ったりする訳ですな。

153 :世界@名無史さん:04/03/20 01:33
>>140
 足利尊氏の太平記も、展開的には相当暗いはずなのに、当時はあまり気に
ならなかった。

南朝方武将の続く討ち死、高兄弟の失脚、弟・直義との確執、屈辱の南朝への
降伏、息子・直冬との対陣中の死、…と南朝勢力が壊滅してからは、ずっと
足利政権内の仲間割ればっかりだったわけだからなぁ。

 あれは陣内正則演じる佐々木道誉のキャラに救われていたのかな…。

154 :世界@名無史さん:04/03/20 03:17
>>153

何だかんだ言っても足利尊氏は優柔不断なお人好しの部分も多分にあるしね。
それに比べると朱元璋はねえ、、、、。最後の方はやはり見るに堪えないね。
豊臣秀吉の秀次粛清も暗い話だけど、そんなものはかわいく見えるもの。
ところで、大河で暗いと言えばやっぱ「花の乱」じゃないですかね。
徹底的に泥沼の上に英雄不在という救いがたい展開ですからね。

155 :世界@名無史さん:04/03/20 04:34
>>154
でも、秀吉と根っこは同じやん。規模が大きってだけで。

156 :世界@名無史さん:04/03/20 05:28
共立女子大の村上由華さん、かわいい。

157 :世界@名無史さん:04/03/20 07:23
花の乱は、一応山名宗全が英雄ポジションだったのでは。脇役だが

158 :世界@名無史さん:04/03/20 07:56
>>154

でも、数ある「項羽と劉邦」モノでも、たいてい「四面楚歌」の話が
クライマックスで、劉邦が中国統一してオシマイ。

後の功臣粛清のところまでやるのは少ないと思うのだが・・・。


159 :世界@名無史さん:04/03/20 07:59
秀吉:一家皆殺し
洪武帝:ジェノサイド

160 :世界@名無史さん:04/03/20 08:10
漢の粛清話は、劉邦が死んでからの方が本格的に陰惨だからな
劉邦存命中だけの分をやると中途半端になる。

161 :世界@名無史さん:04/03/20 08:22
洪武帝の機嫌がちょと悪いだけで、周囲の人々は生きた心地もしなかった
とか。


162 :世界@名無史さん:04/03/20 10:27
ヒロインが不足しているなぁ。
劉邦なら女好きなことで知られるし、
虞や呂后などよく知られた女も登場する。
洪武帝は子沢山なので、
後宮に多数の妻妾をかかえているはずだが、
名前が史書に出ていたっけ?
良妻賢母と謳われた馬皇后ですら
ファーストネームがわからないのでは?


163 :世界@名無史さん:04/03/20 10:50
ジャンルはホラー・ミュージカル。



164 :世界@名無史さん:04/03/20 12:36
>>102
>>109
田中芳樹の「アルスラーン戦記」は、光武帝をモデルにしているそうだ。

165 :世界@名無史さん:04/03/20 13:25
田中は中国の皇帝に心酔してるから脳内フィルターで残虐行為とかはシャットアウトしてるんだろ

166 :世界@名無史さん:04/03/20 14:00
>>165
田中ちゃんがモデルにしているのは漢の光武帝の方だと思うが、
君は明の洪武帝のことを言ってないか?

それはともかく劉備は下層じゃないだろ。むしろ上のほうだ。

167 :世界@名無史さん:04/03/20 14:03
>>166
なるほど、勘違いしてたわ。すまん


168 :世界@名無史さん:04/03/20 14:24
「(大明)英烈伝」の翻訳本or種本小説登場→ヒット
とくれば、すこしは知名度あがるかも?

…でも「英烈伝」ってあまり面白くないような…
(漏れがもってるのは上海古籍出版社のやつ)


169 :世界@名無史さん:04/03/20 14:54
>>155

確かにそうなんだけど、規模にあれだけ差があるとちょっと同列には論じられな
いと言うか何と言うか。ちなみに秀吉を弁護する気は全くありません。

>>158

朱元璋は、洪武帝になってからの功績が凄いでしょう。極端なこと言えば洪武帝
になってからが本領発揮って感じだもん。治水の成功や灌漑の整備、大規模な農
地改革とそれに伴う農村振興政策、法律の制定等々。その大事業と平行して大粛
清があるからたまらないね。
帝位にあった期間も30年くらいあったはず。天下取ったところで終わりという
わけにはいかないんじゃないかな?それに比べると劉邦の在位期間は10年もな
いでしょう?
でも朱元璋のドラマ見てみたい気もするね。怖いもの見たさと言うか悪趣味と言
うか。

170 :世界@名無史さん:04/03/20 15:29
洪武帝のは恐怖政治だからなぁ。
秀吉のはそういうカテゴリーではない。

171 :世界@名無史さん:04/03/20 17:31
>>152
>処刑されながら歌ったりする

スターリンの粛清の場合は、処刑する方だけでなく、
処刑される方も「スターリン万歳」を叫びながら死んでいった。
処刑されながら歌うという演出は意外と実録に近いかもしれない。w



172 :世界@名無史さん:04/03/20 18:16
>>169
朱元璋って一体いつ学を修めれたんでしょうかね?


173 :世界@名無史さん:04/03/20 18:37
>>171
ジロントもラマルセーズを歌いながら、ギロチンされたのでしょう。

174 :世界@名無史さん:04/03/20 20:40
若い頃の朱元璋って文字を読めましたっけ?
一応修行僧だったんだよな?

175 :世界@名無史さん:04/03/20 20:54
>>164-166
後漢 光武帝
明   洪武帝




176 :世界@名無史さん:04/03/20 22:15
幼い頃、村の塾で学んだことがあるが、
貧しさのためすぐに地主の牛飼いの奉公に出された。
皇覚寺に入ったのは十代後半。
寺の食料が尽きたため、寺に入って50日目に托鉢の旅に出されてしまう。
約3年間、各地に旅をした後、寺に戻る。
寺には4,5年いた後、郭子興の軍に参加している。
寺にいる間に文字を覚えたと考えるのが自然かな?

177 :世界@名無史さん:04/03/20 22:23
>帝位にあった期間も30年くらいあったはず。天下取ったところで終わりという
>わけにはいかないんじゃないかな?

それは言える。中国は広大だ。地方には、それぞれ有力者がいる。現代の
共産党政権ですらそうだが、中央の有力者も、それぞれの地方に権力基盤
を持っている。面従腹背なんか当たり前。「信頼」なんて世界ではなく、
統治するには、力で抑えておくしかない。

有力な家臣や官僚を粛清したから、大明の社稷が長続きしたのだ・・・。


178 :世界@名無史さん:04/03/20 22:26
永楽朝にとって代わられましたが。
んで、新たな功臣が出来た筈なんだが。

179 :世界@名無史さん:04/03/20 22:30
洪武帝は起こした文字の獄では、
「光」、「禿」、「僧」などの文字を使った学者を、
托鉢僧だった洪武帝を誹ったとして、次々に処刑した。
しかもどういう文字が駄目なのかを明確にしたのは
文字の獄が始まってから10年以上後のことだった。
しかも洪武帝自身は、自分が托鉢僧だったことを広言しており、
自分の経歴を語った布告も出している。
従って、明らかに文字禁止が目的ではなく、
托鉢僧だったことにコンプレックスがあったわけでも、
嫌な文字を見て怒ったためでもない。
単に殺したい学者を殺すためのものだった。

180 :世界@名無史さん:04/03/20 22:41
>>179

同様に知識人を大量虐殺した毛沢東の場合は、明らかに学歴コンプと
いう人が多いけどね。

こっちの方が、現代だけに後遺症は深刻だ。


181 :世界@名無史さん:04/03/20 22:42
>>178
確かに永楽帝のおかげで宦官の力が増した。
洪武帝は宦官の地位を低めておいたのに。

但し、皇帝独裁体制の明では、皇帝が変わると、権臣も力を失う。
権臣の横暴は皇帝一代限りという仕組みになっているらしい。

182 :世界@名無史さん:04/03/20 22:52
紅巾軍時代の朱元璋は自分が無学であることを自覚し、
李善長、劉基、宋濂といった儒者たちから喜んで教育を受けていた。
いつしか古典、歴史に通じ、詩作もできるようになったらしい。




183 :世界@名無史さん:04/03/20 23:09
>>121
洪武帝が制定した明律は全30巻に及ぶ緻密なもので、
後の清、日本、朝鮮に長く影響を与えている。
但し、洪武帝自身は明律を完全に無視して、超法規的に厳刑で裁いた。
洪武28年に自分は法外に刑罰を用いたが、後継者は明律に依拠しなければならないと宣言している。
人治を止めて法治にせよ、といけしゃぁしゃぁと。


184 :世界@名無史さん:04/03/20 23:31
北朝鮮憲法だって、幸福な物質文化生活、言論、出版、集会、示威、宗教、結社の自由を保障している。


185 :世界@名無史さん:04/03/21 00:01
応制賦三山     絶海中津
熊野峰前徐福祠
満山薬草雨余肥
只今海上波濤穏
万里好風須早帰

御製賜和     明 洪武帝
熊野峰高血食祠
松根琥珀也応肥
当年徐福求仙処
直到如今更不帰

186 :世界@名無史さん:04/03/21 06:51
>180
洪武帝も似たようなものだった。
張士誠が士誠の名を知識人に相談して選んでもらったが、
実はその名前が古典の「士、誠に小人なり」という節から取られた、
という説を聞いて知識人への反感を募らせ、文字の獄を思い立ったという。

187 :世界@名無史さん:04/03/21 07:51
>>186

へえー。宿命のライバル・張士誠がだまされたのに腹を立てたわけか。
学力コンプってのはそういうものなんだね。


188 :世界@名無史さん:04/03/21 09:37
朱元璋は、ある程度、文字の読み書きに関する素養はあったんだろうけど、
それと、古典の堅い漢文を読み書きできる能力とはまた別だしな。

189 :世界@名無史さん:04/03/21 09:48
>>140-152
戦乱の英雄を描くシリーズでは、もっとも陰惨な例の一つだな・・・
もっとも、ロシアではイヴァン雷帝のドラマが作られているから、
それといい勝負か。(こいつ、たしか息子を自分で斬り殺しているし)

対極にあるのが前のレスでもでている光武帝だ。日本語読みだと
同音だが、その性格・生涯を含めて、あまりにも違いすぎる。

「こうして王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとサ。おはり。」

って感じ。
息子も名君の誉れ高い男だし、お家騒動も起きてない。
後漢時代は、なんかのんびりしてるよな、雰囲気的に。
やはり、その時代のイメージというのは、創始者に依るところが大きいのだろうか。

190 :世界@名無史さん:04/03/21 10:55
Ivan the Terrible and His Son Ivan on November 16, 1581.
http://www.abcgallery.com/R/repin/repin74.html

191 :世界@名無史さん:04/03/21 12:30
>>187
学力コンプっつー問題じゃないでしょ。
これはアタマくるよ。


192 :世界@名無史さん:04/03/21 15:09
>>186

この話非常に有名だけど、本当なのかなあ?本当だとしたら頭来るよね。
でも本当だとしたらいくら何でも誰かが教えたんじゃないかな。
張士誠に同情的に見ると知ってたんじゃないかと。わざと謙虚な命名にしたのを
朱元璋の武官に悪用されたのではないかなんて言うのは無理な話かな。

193 :世界@名無史さん:04/03/21 15:15
>>189
後漢は光武帝自身を含めて豪族が政権の中枢で、
豪族がいいとこどりするという体制を政権が公認したから摩擦が少なかった。
皇帝の側は多少は抑えようとする動きもあったが、大抵は潰されている。

194 :世界@名無史さん:04/03/21 17:26
だから黄巾の乱以降
群雄割拠状態になっちゃったのね

195 :世界@名無史さん:04/03/21 18:50
党錮の禁なんかを見ると、後漢はかなり宮廷集権的だったと思えるが。

196 :世界@名無史さん:04/03/21 22:11
後漢は豪族政権じゃねーずらよ。
どっちかというと豪族と宮廷側官僚(酷吏)との対立の歴史。

197 :世界@名無史さん:04/03/21 22:35
しかし劉秀は政権成立時に豪族の力を必要とし自然と豪族の影響力を前漢のように排除できなかったのは
事実だが。
豪族の影響力は前漢と比較にならんし。

198 :世界@名無史さん:04/03/21 22:45
前漢がスタートして、わずか数十年後には「呉楚七国の乱」が勃発し、前漢
の統一は危機を迎えた。

春秋戦国時代にも、楚は明らかに別世界。気候も人種も違うし、早くから
周王室の権威を認めていなかった。秦の統一が短期間に終わったのも、
楚の項梁・項羽グループが旗揚げしたから。秦を滅ぼした後の項羽は、故郷
の楚に帰って、秦に滅ぼされた諸国を続々と復活させた。

もし呉楚七国の乱が成功していたら、たちまち中国は南北に分裂。多分、
「中国はひとつ」というイデオロギーが定着せず、「北と南は別の国」と
いうのがコンセンサスになって、その後の歴史はまったく変わったのでは
ないか。


199 :世界@名無史さん:04/03/21 22:50
>>198
それ以前に項羽は再起をかけて河をわたるべきだった。
吾とともに河を渡った八千旗のことごとくが死んでいって
おめおめと帰れぬくやしさはわかるが・・・・。


もっとも司馬遷は演劇が好きで史実以外の虚飾が加わる
癖があると宮崎さんの著書で眼にしたおぼえがあるので
史記の表記はじじつでないかもしらんが・・・。


200 :世界@名無史さん:04/03/21 22:59
あぼうきゅうが焼かれてなかったらしいし、史記は色々と間違いが入ってる可能性があるよね

201 :世界@名無史さん:04/03/21 23:01
項羽と虞美人との最後の邂逅ー四面楚歌の下りはどうも演劇っぽい

202 :世界@名無史さん:04/03/22 01:10
>>200

この話も聞いたことがあるけど、確か考古学調査では、阿房宮(漢字あってるかな?)
のあったと推定される場所から火災の跡があるとも聞いた。兵馬俑にもあると
聞いたけど、どっちが真実なんだろう。やっぱり後から分かった方かな?
史記を弁護するわけではないけど、この時代の歴史書にしては結構正確な史書なんでは
ないかと思うけど、どうだろう。
勿論四面楚歌の話は項羽に対するサービスで脚色満点でしょうけど。
それこそ例えようもないような名文とはこのこと。項羽のこと好きだったんだろうな。


203 :世界@名無史さん:04/03/22 01:25
>>202
あぼうきゅうに関してはつい最近発表されたことだから間違いないんじゃないかな?
まあ、話がドラマチックに脚色されてる可能性が大ってことは確かだと思う

204 :世界@名無史さん:04/03/22 01:28
司馬遷は屈原が好きだった

205 :世界@名無史さん:04/03/22 01:37
焼失していないと発表されたのはシーアン郊外での発掘調査2年目の報告(今年の年初)での報告だったね。
あと4年あるわけで(いちおう予算がおりているのは)
今後も新発見があいつぐだろう。

もっともシーアン郊外での全容が解明するのは楽観的にみつかって100年後・・・・
俺らはもうこの世に・・・・・

206 :世界@名無史さん:04/03/22 01:40
というのは兵馬傭などはごく一部で地下宮殿事態はまだまだ未発掘というか全容すらわからんのです。
今のペースでいくと100年(しかもこの予算規模が100年続くと仮定しての話)だからなぁ・・・・




207 :世界@名無史さん:04/03/22 01:41
支那で内乱が起こったら遺跡はやばいかもしれんな…
このまま中共がうまく民主化してくれればいいんだが

208 :世界@名無史さん:04/03/22 01:44
1927年に発掘された北京原人の貴重なサンプルが日華事変で行方不明になった前例がありますからねぇ・・・

209 :世界@名無史さん:04/03/22 01:49
まあ、戦乱よりも文革の方が破壊がひどかったな。
もし日本が戦中に文化遺産を略奪していたらどれだけのものが救われたことか。

210 :世界@名無史さん:04/03/22 01:55
救われたかもしらんが、その後の謝罪と賠償が(nyと
話題ふったらコヴァが沸いてきそうで嫌だな。

ただ、大英博物館などの如きは文字通りわが国が
保護したから散逸を防止できた感謝汁なんてほざいて
本当に返さないし・・・・日本からも持ち出すし・・・・

スタイン・ヘディンのように硫酸で壁画やいて持ち出すし・・・

どうも異民族というものは基本的に文化に対して敬意を
もたざるものかと諦観もあるのだが・・・

211 :世界@名無史さん:04/03/22 01:59
台湾にわたった国民党軍が大陸から持ち出した文化物の大半は故宮博物院に所蔵されたが、
蒋介石はじめとする政府首脳陣の中には私物化して売りさばいた例もすくなからぬそうで・・・
蒋介石なんかもろに裏の世界とつながっていたしね・・・・今でも国民党と裏社会は切っても切れない縁
と聞くし。

212 :世界@名無史さん:04/03/22 02:01
まあ、そろそろスレ違いはやめようや
文化財については専用スレもあるしさ

213 :世界@名無史さん:04/03/22 08:45
>どうも異民族というものは基本的に文化に対して敬意を
>もたざるものかと諦観もあるのだが・・・

そうだろうか。
スレ違いだから多くは言わんが、李朝時代の高麗青磁とかギリシア文化のローマやイスラムにおける扱いとか
文化が異民族によって本国以上に敬意をはらわれた事象はいくらでもある。もちろん逆の方が多いだろうけど。

214 :世界@名無史さん:04/03/22 10:54
>>211
宋美齢の一族は強盗だ、と合衆国側は怒っていたらしいからね

215 :世界@名無史さん:04/03/22 17:42
強盗殺人犯に強盗呼ばわりされたのか。

216 :世界@名無史さん:04/03/22 19:17
目くそ鼻くそを笑う

217 :世界@名無史さん:04/03/23 20:54
>>198
やはり、高祖のみならず、文帝や景帝の為したことも偉業ってことでしょうか。

218 :世界@名無史さん:04/03/24 16:33
光武帝(劉秀)>>>>>>>>>>>>>>>>>>>劉邦>朱元璋
というのは確定だと思うが、
光武帝のドラマってないね。
地味なの?



219 :世界@名無史さん:04/03/24 16:38
>>218
もそっと詳しゅうに、光武帝が漢高祖や明太祖より優れるという理由などを述べられよ
でないと同意も反論もできん

220 :世界@名無史さん:04/03/24 17:23
粛清がなかった点で


221 :世界@名無史さん:04/03/24 17:38
劉備と孫権のいない曹操や項羽のいない劉邦を見ても楽しくなかろうて

222 :世界@名無史さん:04/03/24 18:45
賢人 田中芳樹が劉秀をマンセーしているからだろ。

223 :世界@名無史さん:04/03/24 21:48
>>219
統治能力では浩武帝(朱元璋)も決して光武帝(劉秀)に劣っているわけではない
のだけれども、人間性の問題で劉秀の方が優秀ってことかと。劉秀は皇位継承者も
死んでないし、4代目くらいまではかなりまともな人材が揃ってる。これは結構珍しい。
清朝がそれに近いか。
ようするに、無駄に人が死んでない。その点では劉邦も劉秀には敵わないな。
(嫁さんのちがいだ、こちらは)

・・・だからドラマになりにくいんだろうな。>光武帝

224 :世界@名無史さん:04/03/24 21:53
田中芳樹は素晴らしい

225 :世界@名無史さん:04/03/24 21:58
艱難辛苦が無ければ、忠臣も烈臣も無い。
悲劇が無ければ、ドラマも無い。

無論、光武帝の生涯にそれらが全く無かったわけではない。
だが、物語を作れば「サザエさん」しか出来上がらない。

226 :世界@名無史さん:04/03/24 22:08
さざえさんというか、物語の文法的に勝ちが見えてておもんくないんだろうな。
むしろ王モウの方が話になる。

227 :世界@名無史さん:04/03/24 22:13
>>225
兄貴を殺されたりしてるので、相当辛い思いはしているはずなのだが、
何故か全体的にのんびりしているように見えてしまう。

これが彼の器の大きさなんだろうけどね。牛に乗ってきたりお笑いネタ
が実に多い英雄だ。逆に朱元璋は笑えん。

228 :世界@名無史さん:04/03/24 22:16
ろうを得て蜀を望むって光武帝の言質が元ネタの故事だよね。

229 :世界@名無史さん:04/03/24 22:19
>>228
んで、井の中の蛙は蜀制圧時にできた諺

230 :世界@名無史さん:04/03/24 22:21
あーそうなんかそれは知らなかった。公孫述を討伐した時の言葉か。
してみると後世の劉備も(ny

231 :世界@名無史さん:04/03/24 23:14
>ろうを得て蜀を望む
>井の中の蛙
おお、これは光武帝の言葉ですか。
文才があったんですね。

232 :世界@名無史さん:04/03/24 23:20
主人公が徹底的にいい人にされてしまう大河ドラマには向いているキャラだな

233 :世界@名無史さん:04/03/24 23:23
実子を窓から投げ捨ててもなお臣下がついてくる劉邦の方が英雄としては好きだね。
親や上司にはしたくないけど。

234 :世界@名無史さん:04/03/24 23:56
>>231
井の中の蛙は馬援の言葉

>>232
奥さんは美人、子どもは優秀なのが多い (当然バカもいるけど)、部下は有能揃い、
名言多数とくればまさに家族揃って楽しむ大河ドラマ向け。

235 :世界@名無史さん:04/03/25 00:08
馬援というとベトナムの独立に尽力した美人双子姉妹を捉えて兵士達に与えて
恵美押勝の娘モードに突入したとか

236 :世界@名無史さん:04/03/25 00:10
徴姉妹か。双子だったのか?

237 :世界@名無史さん:04/03/25 00:11
だって朱元璋はバカじゃないじゃん

238 :世界@名無史さん:04/03/25 00:23
http://www2u.biglobe.ne.jp/~dnak/sangoku/sangoku.htm
後漢書列伝訳

院生や研究者はともかく、わしを含む一般人にはけっこうよさそうね。

239 :世界@名無史さん:04/03/25 01:03
恵美押勝の娘モードって何?

240 :世界@名無史さん:04/03/25 01:09
>>234
あのー… 荘子なんですけれども…


て言うかこっちでやれば?↓

『西漢』 → 『新』 → 『東漢』(光武帝)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1023555806/l50



241 :世界@名無史さん:04/03/25 01:15
なんで劉邦>朱元璋なのか?★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1079201600/

からの光武帝難民の為に需要あげ

242 :世界@名無史さん:04/03/25 06:57
劉邦と朱元璋はどちらもDQNだが、方向性が決定的に違う。

243 :世界@名無史さん:04/03/25 11:13
>>239
恵美押勝(藤原仲麻呂)
藤原不比等の孫。孝謙上皇と対立、乱を起こし、一族は一人を残しことごとく処刑される。

で、押勝が太政大臣時代、その娘の顔を見た僧侶が「千人の男と交わる相じゃ」
と言った。高貴な姫君がそのような事をするはずもなく、人々は一笑にふすが、
反乱のとき、捕まえられた姫を千人の兵士がもはや息絶えたその体を苛んだ。

と、歴史小説で読んだが、徴姉妹もそんな目にあったのか。

244 :世界@名無史さん:04/03/25 11:15
>>243
すげえな…
なんて歴史小説?

245 :世界@名無史さん:04/03/25 12:08
杉本苑子「壇林皇后私譜」

壇林皇后(橘嘉智子)を主人公にした話で、
まだ幼い嘉智子に、姉が支配者階級に生まれた者は、女と言えど、権力闘争に
勝つだけの政治的力量を持たなければならない、と言い諭すシーンで
敗者の運命として出てくるエピソードで、
高貴な姫君を千人の荒くれ男がレイープするシーンが描かれるわけじゃないです。
あいにくと(w

246 :世界@名無史さん:04/03/25 14:45
>>245
そんなシーンはさすがに読みたくないなw
でも日本史でもそういう事件あるんだね。今度読んでみるよ
レスありがとう

247 :世界@名無史さん:04/03/25 14:46
>>242

陽(劉邦)<<<<<<<【DQN】>>>>>>>陰(朱元璋)


こんな感じか?

248 :世界@名無史さん:04/03/25 15:56
そういや洪武帝はモンゴル貴族の妻妾を捕らえて遊女に貶めたと聞くな。

249 :世界@名無史さん:04/03/25 16:20
>>245
その小説の中だけの話だと思うぞ。他にそういう資料はなさげ。

250 :世界@名無史さん:04/03/25 16:22
山野が恵美押勝の娘について語っていたような記憶がある。
分からん時は雑談スレで彼を呼びにいくのが確かだろうな。



251 :世界@名無史さん:04/03/25 16:25
http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&ie=Shift_JIS&q=%8ER%96%EC%96%EC%E5%CE%81@%8Cb%94%FC%89%9F%8F%9F&lr=lang_ja

ぐぐってみたら記憶どおりたしかに語っているのはまちがいないがなぜかアーカイブが
参照できない。
やっぱ山野を読んだ方がいいみたい。

252 :世界@名無史さん:04/03/25 19:13
司馬遼だったか海音寺だったかの小説にもあったネタだよ。>恵美押勝の娘ネタ
このどっちだったかがも出していたネタだから、あながち資料無しとは言えない。

253 :世界@名無史さん:04/03/25 19:25
>19
ゴンタはもういいよな?

254 :252:04/03/25 19:38
海音寺潮五郎 「蘭陵の夜叉姫」(「中国妖艶伝」文芸春秋社)のラスト。
「水鏡、廃帝の巻」から引用していますね。

255 :245:04/03/25 19:48
俺も歴史小説と歴史をいっしょにする気は無いけど、
もともと中国ネタだったのが、日本に入って恵美押勝娘話になったか、
杉本苑子が勝手に創作したが、どっちかだろうな。
海音寺の小説も読んでみよう。

山野さん、正確なところを教えてくれないかな。

256 :世界@名無史さん:04/03/25 19:55
>234
井の中の蛙の出典は荘子

257 :世界@名無史さん:04/03/25 19:58
すまん カブッタ

258 :世界@名無史さん:04/03/25 20:14
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/1373/kotowaza2/page7.html
なるほどざワールド

259 :世界@名無史さん:04/03/25 22:30
恵美押勝の娘の逸話は水鏡の流布本から、らしい。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~hatak/e_umi14.htm

260 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/25 22:34
『水鏡』で間違いありませんが、他に記した例もあった筈です。因みに『水鏡』
自体は眉唾ものの史話のオンパレードで「鏡物の中で一番出来が悪い」と
されています。
南北朝時代に書かれた『源氏物語』の注釈書に呂后が墓を暴かれて(これは本当)
遺体が500人に犯されたという話があるのでこれが元ネタかもしれない・・・・
とは私もあやめさんも前から考えていた事ですが、二人とも未だにソースを見つ
けられていません。

261 :世界@名無史さん:04/03/26 11:08
>>252
山岸涼子の日出る処の皇子にもそんなエピソードがあったような。
恵美押勝の娘ではなかったかもしれないけど。

262 :世界@名無史さん:04/03/26 13:18
水鏡によると押勝の娘に「千人の男と交わる相がある」と言ったのは鑑真
なのだが、問題は彼が既に盲目だということだ。

263 :世界@名無史さん:04/03/26 13:33
一次資料鬼の二人が見つけられてないなら、眉唾ってことなのかな
まあ、続報があったら楽しみ

264 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/03/26 16:20
『水鏡』の注釈書としては未だに江見清風の『水鏡詳解』(明治書院・明治36年)
くらいしか無い(研究史のまとめは別)ようなので、また当たってみます。

265 :世界@名無史さん:04/03/26 19:42
このスレはよく話しが脱線するな。

266 :世界@名無史さん:04/03/26 19:48
結論は出ているからねw

267 :世界@名無史さん:04/03/26 21:02
もちろん朱元璋のほうが人気がある、という結論だよな!

268 :世界@名無史さん:04/03/27 00:07
恵美押勝の娘の話は水鏡には書いてあるはず
(2次資料しか見ていないが)。
もちろん水鏡は道鏡巨根説など出鱈目な話だらけで、
内容が事実かどうかを云々できる代物ではないが。

269 :世界@名無史さん:04/03/27 19:20
>>267
そりゃーモチロン、ゲームでプレイヤーとして扱いたいのは朱元璋の方だね。
本人の能力値もかなり高めだし、部下も有能ぞろいだもんな。
劉邦はといえば、魅力だけで他は見るもの無し。
部下は優秀だけど、一癖も二癖もありすぎるからね。

270 :世界@名無史さん:04/04/02 01:16
自作自演

271 :世界@名無史さん:04/04/11 14:15
このスレおわったの?

272 :世界@名無史さん:04/04/11 14:31
劉邦の同郷ハイから家来で、本当に優秀なのって言ったら
ショウカとソウシンとロワンとハンカイ位じゃないか?
外の武将は、ただ標準以上に腕が立つだけの、どこにでもいるって感じの人で。

273 :世界@名無史さん:04/04/11 14:48
抵抗したというだけで杭州を焼き払い、
当然のように地域差別を惹起させたから。

274 :世界@名無史さん:04/04/11 14:52
それまでは元王朝の下で貿易に従事していた人達を、
逆らったというだけの理由で迫害したから。
これにかぎらず朱元璋には狭量さが目立つ。
朱首相の御先祖だから才能有る立派な人だったのは確かだろうし、
見せしめが必要という時代の制約もあったのかもしれないけれど、
どうも明という王朝には、滅亡の時まで、この種の不条理が付き纏う。

275 :世界@名無史さん:04/04/11 16:12
>>261
たしか、後の聖徳太子の妻、蘇我馬子の娘が物部の兵達に犯される。

276 :世界@名無史さん:04/04/11 16:15
>>1
毛沢東も入れろよ!

277 :世界@名無史さん:04/04/11 17:52
朱元璋は元王朝のもと栄えていた自由貿易を禁止し、一気に内閉的鎖国体制にした。
元時代は中国史上最も貿易や海外との交流の栄えた時代。日元貿易も史上最も盛んだった。
まあ、商人に搾取される農民の反乱から起こったためとも言えるが。
残っていたモンゴル貴族の子女を娼婦に貶めた。
また、モンゴル族、色目人に同族間結婚を禁止し、同化政策を進めた。

ところで毛沢東も農民革命から起こって鎖国体制を敷いた点は似てるね。
毛沢東も少数民族、特に清代に支配された満州族、モンゴル族に対しては
厳しい弾圧をもって強制的に同化した。

最終的に殺した人数からいけば
毛沢東>>>>>>>>>>>>>>朱元璋>>>>>>劉邦だけどな。


278 :世界@名無史さん:04/04/11 18:07
>残っていたモンゴル貴族の子女を娼婦に貶めた
マジで?

279 :世界@名無史さん:04/04/11 18:16
武田信玄も同じ事しているね。
信州の旧領主の妻子達を女郎屋に売って軍資金にしている。
もちろんその前に、あんな事や、こんな事を・・・・

280 :世界@名無史さん:04/04/11 18:17
漢高祖は粛正したといっても一部の功臣だけで民衆を虐殺したりとかしていない。
そこが評価されているのでは?漢王朝が人気あって長続きしたのもそこにあると思う。

281 :世界@名無史さん:04/04/11 18:33
朱元璋より朱由検の方が日本人好みだもの。

282 :世界@名無史さん:04/04/11 18:33
>>279
外国の話だがイギリスも侵略したミャンマーの王族に近いことやってる。
王女をインドの最下層の軍人に引き渡した。

>>280
やっぱり一番当たり障りなく名君と言えるのが劉邦だから人気なんだろ。
負けた方って贔屓されるから項羽の方が人気あるような気もするが
項羽は随分と平気で虐殺やってるしな。

283 :世界@名無史さん:04/04/11 18:35
漢高祖にせよ、明太祖にしても、北方騎馬民族を撃退した国だからなあ・・・。
(漢は武帝時代だけど。)

・・・宋は・・・比較さえもしてもらえない・・・。

蒙古>>金>>遼>>〔絶対に越えられない壁〕>>宋   で終わってしまう。

284 :世界@名無史さん:04/04/11 19:24
でも、文化の発達の面では、宋が一番の気がする。

285 :世界@名無史さん:04/04/11 20:02
>>282
そういや聞いたことあるな…
美人で有名だった王女をなんか一般兵士の嫁はんにしちゃったんだっけ?
2chで読んだ話だから、できたらそういうの載ってる本とか教えてくだされ

286 :世界@名無史さん:04/04/11 23:41
>>272
周勃は間違いなく有能。王陵も有能だと思う
夏侯嬰、周緤、周昌は微妙ですが、味のある人物と思う

287 :世界@名無史さん:04/04/11 23:49
夏侯嬰も十分有能でしょう、あの人助けと推挙の実績を見れば。
その上に御者としても数々の死地を乗り越えた。

288 :世界@名無史さん:04/04/12 00:04
>>287
いや、自分もそう思うけど、人によっては疑問を抱くんじゃないのかなって

沛出身というと他に任敖とか周苛などもいて、かなりの数の人物が史書に名を残しているんですよね
自分としては、多くの人物が劉邦の元で適所を得て活躍したことから
劉邦の凄さを改めて思い知りましたよ。将の将とはよく言ったもんです


289 :世界@名無史さん:04/04/12 20:13
>>280
呂后も大勢皇族を殺したけど、民政的には安定していたらしいし。

>>277
毛沢東もある意味「農民出身の皇帝」だよな。

290 :世界@名無史さん:04/04/12 20:37
>>280 >>289
本当の歴史は、民情がどうだったか。
くだらない内輪の喧嘩は古今東西あるが、どうでもいい

>>277  >>289 
無知なくせに国政にクチバシをはさんで国を誤った

291 :世界@名無史さん:04/04/12 22:21
ただ毛沢東は朱元璋のような貧農ではなく劉邦と同じ中〜富農だが。

292 :世界@名無史さん:04/04/15 22:45
劉邦と朱元璋に共通なこと。

両方とも帝尭の子孫。

293 :世界@名無史さん:04/04/16 23:46
まあ後付けなんだろうけど
秀吉も、さるやんごとなき方のご落胤とされたそうだし、
王侯将相の種はそこら辺にころがってそうだ

294 :世界@名無史さん:04/04/17 09:27
>>290
呂后時代の話の根拠は「史記」食貨伝だったような気がする。

295 :世界@名無史さん:04/04/17 11:18
キャッチフレーズはカコイイよね。
「明祖は、一人で聖賢と豪傑と盗賊を兼ねたり」
ただし殺しすぎだね

296 :世界@名無史さん:04/04/17 12:02
アレだけ殺して、よく人材が枯渇しなかったな。

297 :世界@名無史さん:04/04/17 13:34
>>296
殺した果てが、、、

298 :世界@名無史さん:04/04/17 13:48
>>295
自分ですべてを兼ねちゃったから、他の人間なんて要らなかったんだよ。

やっぱり人間はちょっと足りない所があるぐらいで丁度イイね。
曹操みたいな。


299 :世界@名無史さん:04/04/30 15:07
第壱話  項羽、襲来
第弐話  見知らぬ、漢中
第参話  鳴らない、戦鼓
第四話  定陶、逃げ出した後
第伍話  韓信、心のむこうに
第六話  決戦、第3新垓下市

以下略

300 :世界@名無史さん:04/05/04 16:40
>>243
確か平安末に書かれた「水鏡」にも出ている話…もっともソースは不明だが。

301 :世界@名無史さん:04/05/04 16:41
ソースは水鏡じゃないのか?

302 :世界@名無史さん:04/05/06 21:25
>>301
水鏡は源平の合戦前後の作品だから、仲麻呂の時代より400年も後の話。
だから、水鏡の作者もどこかからソースを持ってきたと考えられる。

303 :世界@名無史さん:04/05/06 21:27
つまり水鏡に書かれてることのソースがわからない、ってことなのか。
理解したよ。

304 :世界@名無史さん:04/05/06 21:59
劉邦>皇帝
朱元璋>政治家
って気質の差じゃね?などと無責任なこと言ってみる

305 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/05/07 00:05
『水鏡』の作者は奈良時代について執筆するのに『続日本紀』も読んでいません。
内容が(当時の感覚を知る役には立ちますが)いい加減なのは有名な話で、史書
とも言えぬ俗書の類から引っ張って来たのでは。それでも気になりますが。

306 :世界@名無史さん:04/05/07 00:34
>>304が苦労して流れを戻そうとしたのをコテハンがぶち壊しましたw

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