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中国史素朴な疑問

1 :昊天上帝:04/03/20 18:51
古代中国から清王朝、現代の中国に至るまで中国についての疑問を総合的に語るスレです

伝説の王朝は本当に存在したのか?

あれだけ栄えた中国がなぜ西洋に遅れを取り侵略を許してしまったのか?

昨今の劇的な成長の原動力は何か?

その他ヨーロッパ、イスラムとの関わり等中国に関わる疑問でしたらなんでも結構です


2 :世界@名無史さん:04/03/20 18:52
2getして中国史おさらい
堯・舜・禹 伝説の王朝
夏 存在していたと言われるが詳細は不明
殷 前17C〜前11C
周 前11C前半〜前3C
春秋 前770〜前403
戦国時代 前403〜前221
秦 前221〜前206
漢・楚
前漢 前202〜後8
新 8〜23
後漢 25〜220
三国 220〜280
西晋 265〜316 
五胡十六国 304〜439
隋 581〜618
唐 618〜907
五代十国 907〜979
宋 960〜1127
元 1271〜1368
明 1368〜1644
清 1636〜1912
中華民国 1912〜1949
中華人民共和国 1949〜


3 :世界@名無史さん:04/03/20 18:53
なんだか、似たようなスレをみたような気がするなー



4 :世界@名無史さん:04/03/20 18:56
昨今の劇的な成長」なんて虚像だよ。

5 :世界@名無史さん:04/03/20 18:57
>>1
>あれだけ栄えた中国がなぜ西洋に遅れを取り侵略を許してしまったのか?

これって実際にどうなんでしょうかね?
7世紀までは、常に北アジアの遊牧民族に脅かされて、
最も栄えたと思われる唐の時代には、タラス湖畔の戦いでアッバース朝に
大惨敗してるから、相対的に見るとさほどでもないんじゃないかって思うんですよね。


6 :世界@名無史さん:04/03/20 19:08
「あれだけ栄えた中国がなぜ西洋に遅れを取り侵略を許してしまったのか」

時代遅れの中華思想を誇り西洋の文物の吸収が遅れたからだろ。

7 :世界@名無史さん:04/03/20 19:09
思想や物語の数は多いですけど(日本人に親しみがあるだけかも)
対外的に中国が勝ったという例は少ないですね。

8 :世界@名無史さん:04/03/20 19:11
中華思想と西洋哲学
時代は全然違いますけどどっちの方が上なんでしょうか?

9 :世界@名無史さん:04/03/20 19:27
中華思想と西洋哲学って比較になるんすか??



10 :世界@名無史さん:04/03/20 19:29
中華思想じゃなくて
東洋哲学と西洋哲学のどっちが上と言うなら、
確実に西洋の方が上でしょう。


11 :世界@名無史さん:04/03/20 19:30
>>8
あなたは「中華思想」を古代中国思想の意味で用いているんですかね?

12 :世界@名無史さん:04/03/20 19:34
東洋哲学自体が西洋の学問体系における哲学に比定して構想されている

13 :世界@名無史さん:04/03/20 19:35
日本のシーレーンの命運を決める台湾総統戦が1%未満の接戦速報中
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/taiwan/1079770418/l50

14 :世界@名無史さん:04/03/20 19:36
>>12
比定の意味が間違ってるぞ厨房

15 :世界@名無史さん:04/03/20 19:41
中国を脅かした北方民族って後のモンゴルなんですか?


16 :世界@名無史さん:04/03/20 19:44
純粋な漢民族の王朝っていくつもないって聞きました。
魏や晋が騎馬民族とかいれちゃってそれ以来民族がごちゃまぜになってしまったと。

そう考えると諸葛亮は純粋な漢民族の中国を守ろうとした英雄なわけですね。

17 :世界@名無史さん:04/03/20 20:00
中国が西洋の侵略を許したということですけど
結果として西洋の進んだ文明を取り入れることができたということはないでしょうか?
香港も1999年までイギリス領だったわけですが喉元すぎればという感じで
今はそれが経済の発展につながっていると。

18 :世界@名無史さん:04/03/20 20:28
台湾っていつから中国ダタノ?


19 :世界@名無史さん:04/03/20 20:31
>>17
西洋の侵略を許した結果ではないと思います。
中国でまともに文明化が始まったのは、1970年代以降ですし
19世紀に西洋の侵略を受けてもダラダラして、日清戦争に負けてから
ようやく気付き始めたけどまだダラダラして、米英の力で日本を撃退した後は
自国の力で発展するなどと慢心に浸って思いっきり勘違いした政策で最悪の失敗を
やらかして、その後にようやく学び始めたって感じですから。


20 :世界@名無史さん:04/03/20 20:31
始皇帝暗殺で見た宮殿って石壁に土の床でそれほど豪華って感じがしませんでした。
大きい感じはしましたが。
もっと宝石や装飾がちりばめられたイメージを持っていたんですが。

21 :世界@名無史さん:04/03/20 20:33
文化大革命って結局のところ過去の歴史と金持ちの否定なんですよね?


22 :映画監督:04/03/20 20:36
>>20
す、すいません。。。。
予算不足でセットの製作費を削らざる得なかったのです。。。


23 :世界@名無史さん:04/03/20 20:44
植民地化ってただ単に外資が入ってきただけなんじゃないかと思うんですよ。
そりゃ政治的に不利になる面はたくさんあるでしょうが。
清の頃の民衆って恐らく相当貧しかったのではと思うんですが。
それならイギリス人にでも雇われた方が生活は楽になるってものではないですか?

24 :世界@名無史さん:04/03/20 20:45
>>20
始皇帝の権威を再現するのは現代の技術でも難しいのでしょうな。

25 :世界@名無史さん:04/03/25 02:08
華北の海岸に大きな貿易港があまりなかったのはなぜでしょう?
青島・大連は清末からですよね?

26 :世界@名無史さん:04/03/25 03:09
>25
大きな貿易港を支える相手が居ないからではないか?

いや、国内輸送って事もあるか・・・

27 :世界@名無史さん:04/03/25 10:03
インド哲学なら西洋哲学といい勝負かもな。ただ、あまりにも現世に疎すぎたのか
全然科学技術は生まなかったようだが。

中国哲学はただの堂々巡りかと・・・特に朱子学以降。

28 :世界@名無史さん:04/03/25 12:40
>>26
大運河があるからじゃない?

29 :世界@名無史さん:04/03/25 12:59
>>27
儒学は過去を良いものとして重んじる学問だから堂々巡りも仕方ない。
ギリシア哲学にしても、インド哲学にしても、中世以降は廃れてしまい、新しいものは生んでいない。

30 :世界@名無史さん:04/03/25 17:01
>29
それはおかしな理解ですよ。最近の欧米における思想史研究では中世後期から末期にギリシャ哲学を積極的に吸収して
、強い連続性を持ちながら近世への思想的状況を切り開いていったというのが学会の共通理解です。

31 :世界@名無史さん:04/03/25 19:10
>>30
それはギリシア哲学が新しい思想を生んだのではなくて、近世から近代にかけての西洋が新しい思想を生んだということだろ?
ギリシア哲学は基礎にあるかもしれないが、それがそのまま発展したわけではないだろう。

32 :世界@名無史さん:04/03/25 19:31
>31
近世から近代にかけての西洋が新しい思想を生んだ
そういった断絶意識を批判的に検討するために中世のギリシャ哲学やキリスト教思想を再評価しようという学問状況であるということです。
そのまま発展したわけではないというが、いきなりぱっと現れるもんだろうか思想というのは?


33 :世界@名無史さん:04/03/25 19:40
中世末期やルネサンスなんかだと、新しい思想を生み出すというよりは、
古代のギリシア哲学を復興すること自体が目的だったんでないのかなあ。
そうだとすると、中国の伝統主義的な学問姿勢とたいして変わらんような気はする。

ギリシア哲学の復興よりも、なぜ近代西洋に進歩主義的な思想の誕生したかのほうが重要だと思うのだが。

34 :世界@名無史さん:04/03/25 19:42



思想の「上下」を語る極端に厨なスレはここですか?



しかも中華思想だって



35 :世界@名無史さん:04/03/25 19:59
中華思想に凝り固まっている内は枕を高くして寝られるね。

36 :世界@名無史さん:04/03/25 22:32
中華思想−政治
西洋哲学−自然科学

結局科学力に負けたということでは?

37 :世界@名無史さん:04/03/25 22:45
貧しい民衆をどう治めるかというような中華思想など現代にはあまり必要ないような・・・・・

38 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/03/25 23:03
>>15
モンゴル帝国以前はほとんど北西のトルコ系(匈奴や突厥など)か西のチベット系(羌や
タングート)、そして北東のツングース系(女真)。
まぁモンゴル系とトルコ系の区別は色んな意味でものすごく区別付きにくいんだが、一応
は区別されてる。モンゴル系の諸族はずっと分裂状態だった模様で、歴史に出てくるのは
チンギス・ハーンから。一応、鮮卑はモンゴルかトルコか意見が分かれているよう.だが…。

39 :世界@名無史さん:04/03/27 23:53
中国の古代思想。例えば諸子百家の説いたような政治思想。
「君主はどうあるべきか、国をどう治めるべきか」というようなことは広大な中国を治めることにとても役にたったと思う。
それらの思想の試行錯誤の繰り返しで民族入り乱れた人口10億人を超える中国ができあがった。
これをあたりまえのように思い過去の否定に走るのは間違いだ。
いまだに紛争や貧困を抱えて立ち直れない国はいくらでもある。
それらの国の過去に中国の歴史に出てきたような英雄が存在していたのならば現状は変わっていたかもしれない。

40 :世界@名無史さん:04/03/28 02:02
「〜子」と称された思想家で時代的に一番新しいのは朱熹?
そのうち「毛子」なんて神格化されたらヤだなw

41 :世界@名無史さん:04/03/28 07:35
一番怖いのは上子でその次が人子

42 :世界@名無史さん:04/03/28 11:46
>>41
上司と人事?

43 :世界@名無史さん:04/04/05 21:00
中国って隣接していながらロシアとはあまり戦争をしなかったな。

44 :世界@名無史さん:04/04/06 20:39
中国って大虐殺がよくあるけど、あれって本当?項羽の秦兵20万虐殺、曹操の徐州虐殺
モンゴル人とかロシア人とか殺りまくりだけど、あれ本当にやってるの?誇張してるんじゃ・・・


45 :世界@名無史さん:04/04/08 00:24
>44
坑はかつて閉じこめるって意味もあったらしい。
必ずしも穴埋めにしたわけではないそうだ。

46 :世界@名無史さん:04/04/14 21:11
華僑って西方や北方への移住はなかったのでしょうか?
最近になってシベリアやモンゴル、中央アジア諸国への出稼ぎも増えていますが。

47 :世界@名無史さん:04/04/14 23:19
>40

朱熹の後継者、南宋の真徳秀を「小朱子」と呼ぶ。
後、明の王陽明の事を「王子(おうし)」と呼ぶ時が有る。
一応「子」と尊称された有名どころの思想家を並べると二十二子ぐらいになるんじゃ無いかな。


48 : :04/04/14 23:23
>>46
移住しまくりです。西方や北方は併合してしまってる。
北方→南モンゴル・マンジュ
西方→東トルキスタン・ティベット

49 :世界@名無史さん:04/04/15 23:04
>>43
シベリアがシベリア鉄道できるまでは軍隊はほとんど通行不能だったからな


50 :世界@名無史さん :04/04/21 20:45
砂漠や農村で自給自足をしている中国人って今でもたくさんいそう

51 :世界@名無史さん:04/05/05 11:09
モンゴルも草原とタイガの境目がおおよそ自然と
歴代王朝の版図の北限になっている感がありますよね。
匈奴などは地図を見るとバイカル湖の北まで(丁零とか)版図にしていたようですが。


52 :世界@名無史さん:04/05/13 23:32
沿海州のブナ林帯もたびたび領土になったね。
渤海・契丹あたりから、金以降の王朝はだいたいそうかな。

53 :世界@名無史さん:04/05/20 03:24
なぜ中国は近代になるまでギリシャの思想を知ることがなかったのかが疑問
早い時期にギリシャ哲学を少しでも見ていたら今の中国はなかったと思う
やっぱりアレクサンドロスがインドの西で引き返したのが大きかったのか・・・(勝手な想像

54 :世界@名無史さん:04/05/20 04:51
杜甫の詩だったか、唐が衰えて西域ににらみが効かなくなったことを憂いた
詩で、漢人の子供が胡人の言葉で唐の役人を罵る みたいなのがあったような。

西や北に出ても、勢力図が塗り変わると、同化されてしまって中国人の血を
引いていたことなんて忘れてしまった、みたいな人は沢山居るのではないかな?

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